SFCの学生にお勧めする私の10冊
人生は長い。仕事でも生活でもいろんな困難に出会う。それを乗り越えて、自分らしい人生を歩みたいものだ。私も55歳になり、社会人として30年以上、いろんな山と谷を越えてきた。
困難の越えるとき、頼りになるのは友人や家族の励ましだが、一方で、優れた書物の中にある叡智に、あらためて脱帽することになる。
私が、「この本から多くを学んだ」という本を列記して、諸君にも勧めたいと思う。
1)「孫子の兵法」
「男は、一歩外へ出れば百人の敵がいる」という言葉が『三国志』に出てくるが、人生はまさに戦いの連続だ。「孫子の兵法」は中国の春秋時代の呉の将軍、孫武が著したもので古今東西最高の兵法書と呼ばれる。
この本は、単に戦術を書いているだけではなく、処世の書、政治の書、経営の書としても最高級の価値がある。
この本の特徴は、「戦うことは最善ではない」ということを言っていることだ。「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するが、善の善なるものなり」というのがそれで、具体的には、最上の戦い方は敵の謀略を封じることで、その次は外交策略で敵の同盟関係を断ち切り孤立させ、その次が武力を行使することで、城攻めをするのは下の下だ−−と述べている。犠牲を少なく、戦闘になる前に手を打っていくことが大事だというのだ。
この本の中で最も有名な言葉は、「彼(かれ)を知り己(おのれ)を知れば、百戦して殆(あや)うからず」というもので、特に「己を知る」ことの大事さを説いている。
日本が太平洋戦争で米国に惨敗したのも、まさに己を知らなかったからだ。
この本は、分量は少ないが、一つ一つの言葉に含蓄があり、何度読んでも、2500年も前に、ここまでの境地に達していたかと感心させられる。解説本もたくさんあり、どの本がベストということはないが、仕事上の敵と対峙したときに、この本の戦法を知っていれば、難なくやり過ごせる。人生にとって必携の書だといえる。
私が持っているのは『孫子を読む』(浅野裕一著、講談社現代新書)だが、守屋洋氏など中国古典ものの専門家が孫子についての本をたくさん書いており、特にどれがいいとは言えない。
http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/episode/sonshi.html
http://www.nantaku.co.jp/sonshi/
2)「第三の波」(アルビン・トフラー著、中公文庫)
物事を見るときに大事なことは、世界観と歴史観をもって見ることだ。それがないと目先の現象に惑わされて、本質を見抜けない。「工業化社会」のあとに「情報化社会」が来ることを予言したこの本が1980年に書かれたことは、まさに歴史的な出来事だった。
この時点でインターネットの普及は視野に入っていなかったので、未来予測については外れた部分も多い。しかし、この本の優れた価値は、工業化社会を見事に定義したことだ。「集中化」「規格化」など6つの原則が、工業化社会を貫いていたというものは、素晴らしい分析だ。
歴史はこのように進歩してきた、パラダイムチェンジはどのように起こるかを知るのにこれほどの好著は無い。この本を読まないで「情報化社会」を語ることはできないと思う。
3)「思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?」(ハワード・ラインゴールド著、パーソナルメディア)
今になってみれば、コンピュータは身近な道具であり、映像もCGも音声も、そして通信端末としての機能もある。まさに「思考のための道具」なのだが、少なくとも1980年代の初めまでは、コンピュータは高速計算が得意な「計算機」だった。しかもその帝王はIBMの大型の汎用機(メインフレーム)だった。
ところが、コンピュータを「思考のための道具」にしていこうという一群の人々が、まさに地下に潜行するかのように、目立たない形でマルチメディア時代とインターネットの時代を準備していた。
その歴史を見事に描ききったのが、この本だった。
とくに、ヴァンネバー・ブッシュ、ダグラス・エンゲルバート、アラン・ケイ、テッド・ネルソンといった人たちが何を考え、何を発明したのか−−この本を読むことで、先人たちが見つけたコンピュータの限りない魅力を発見できる。ワクワクさせられる本である。
4)「トヨタ生産方式」(大野耐一著・ダイヤモンド社)
トヨタ自動車は、現在、世界最強企業の一つである。絶え間ない「カイゼン」でぎりぎりのコストダウンに挑戦し続けている。この「トヨタ生産方式」は、世に言う「かんばん方式」のことだ。他種類の部品をプッシュする形で組み立てるのではなく、組み立てラインの生産スピードがプルする形で部品生産・納入を行わせるという考えは、当時としては「逆転の発想」だった。
これによって部品在庫の圧縮が出来たことと、大量生産でありながら、顧客に合わせたカスタムメイドが出来る「マス・カスタマイゼーション」が実現出来た。
これをやるには、部品メーカーとの緊密な協力が必須で、トヨタはその系列化によって、最強企業になった。
この方式は米国のスーパーマーケットでの商品補充から思いついたもので、現場→抽象化→別の現場・・という移植の発想も面白い。
現場に意識を集中することから、どんどん改善を積み上げていく大野氏(元トヨタ自動車副社長)の発想が生々しく書いてあり、日本の生産現場のレベルの高さを物語っている。また日本の産業の強さを見る点でも必読書だ。
5)「経営に終わりはない」(藤沢武夫著・文春文庫)
ソニーとホンダは戦後生まれで世界的な企業になり、その創造力でも有名になった。本田技研工業ではカリスマ技術者、本田宗一郎ばかりが有名だ。しかし、実際に会社を経営したのは副社長の藤沢武夫だった。
空冷エンジンにこだわる本田に対して、「あなたは社長なのか技術者なのか」と、若手が支持する水冷を取らせた話とか、「あなたが辞めるのなら、私も辞めます」と二人同時に経営陣から降りた話など、男の友情、経営とはこういうものだという気概がこの本には込められている。
本田が書いた『本田宗一郎 夢を力に―私の履歴書』( 日経ビジネス人文庫)、『俺の考え』(新潮文庫)と併読すると、この二人がどんなコンビだったのかがよくわかる。
6)「失敗の本質」(戸部良一、野中郁次郎ほか著、中公文庫)
太平洋戦争で日本軍はなぜ負けたかを、防衛大学のスタッフと経営学者が組織的な研究を行った成果をまとめた本。
企業経営のもっとも大事な問題は、組織が生きているか、死んでいるか・・・つまり状況の変化を逐次キャッチして、最適な戦術を展開していくことだ。
そういう意味では、この本が取り上げたノモンハン事件、ミッドウェー海戦。インパール作戦、レイテ沖海戦は、ことごとく大失敗だった。敵が強かったのではなくて、日本軍内部に、構想の間違い、情報収集のミス、情報伝達のミスなど、あとで考えればお粗末きわまりない問題を抱えていた。こういう無責任で野放図な幹部に率いられて戦争をしたというのは、戦死した兵隊があまりに可哀相だ。
しかも、これらの問題は、その後の日本の組織(行政や企業)で、当然のように引き継がれており、そのことも恐ろしいことだ。
過酷な現実に直面したときに、組織としてどのように対応すべきか−−を教えてくれる一級品の経営書だ。
7)「晏子」(宮城谷昌光著、新潮文庫)
組織を維持、発展する要因として、リーダーの資質が占める比重は極めて大きい。私は数多くのリーダー論を読んできたが、この「晏子」こそが至高の書だと思う。
晏子は、世上はほとんど知られていない人物だが、中国古代の歴史家、司馬遷が『史記』の冒頭で、「この人のためなら、馬丁になって仕えたい」と書いたほどの名宰相だ。
斉の宰相を務めた晏子は、戦争や内乱で何度も生命の危機に直面するが、「この男を殺せば国が乱れる」と言われるほど、庶民に絶大な人気を持った。
晏子は市場に近い粗末な家に住み、決して奢ることがなかった。庶民と共に生き、国王には時に諫言し、コンサルタントとして売り込みに来た孔子を「儀式ばかりでは国は治まらない」と排した。
実は晏子については、歴史上の資料が極めて少ない。宮城谷氏は、「どうしても晏子を書きたい」と資料をベースに想像を膨らましてこの小説を書いた。ただ、大事な局面は史料に基づいており、見事に晏子の業績、人柄と時代を再現したと言えよう。
読んで清々しい気持ちになる1冊だ。
8)「花神」(司馬遼太郎著、新潮文庫)
明治維新は、日本が近代国家になる大きな節目で、ここで失敗していたら、日本欧米列強の餌食になり、その後の中国や韓国のように隷属と内乱に陥ったと思う。
そういう点で、当時の青年達が、何を考え、どのように行動したかを知ることは、日本の知識人としては必修の問題である。
これについては、司馬遼太郎がたくさんの小説を書いている。有名なのは坂本龍馬を書いた『竜馬がゆく』、高杉晋作らを書いた『世に棲む日日』などだが、秀逸なのは、司馬作品の最高峰とも言われる、江藤新平を書いた『歳月』だ。
私が愛読しているのは『花神』で、主人公は、日本陸軍の基礎を作った大村益次郎(村田蔵六ともいう)だ。
日本という国の凄いところは、西洋の技術を見たこともないのに、図面から想像して軍艦を作った大村とか、司法制度を確立した江藤のようなテクノクラートが、この時期、輩出して、政治や軍事に明け暮れた西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)らを支えたということだ。
中でも大村は、緒方洪庵の適塾で塾頭になり(福沢諭吉の先輩)、蘭方の外科医として有名になりながらも、木戸孝允の懇請で、長州軍の司令官になり幕府軍を撃退し、さらに上野彰義隊の戦いでは、江戸市中を火事にしないために周到な準備で、たった1日で反乱軍を壊滅させた。
その理詰めの戦法と、豆腐を肴に酒を飲む無私無欲の人柄は、まさに、「花神=花咲爺さん」の人生だったと言える。
司馬遼太郎の本で、あと1冊、読むべきは『坂の上の雲』で、秋山兄弟の人生、日本海海戦の完璧な勝利の裏に何があったか、乃木将軍と児玉源太郎の戦略の差・・・など、この本は明治という時代を見事に描いた点で、傑作と言えるだろう。
9)「八甲田山死の彷徨」(新田次郎著、新潮文庫)
旭川で零下41度という日本で史上最低の気温が記録された日に、雪中行軍を行った青森の連隊が豪雪の中で道を見失い、ほとんど全員が凍死した。
この時、同じコースを、逆方向に弘前の連隊が青森に向かい、彼らは全員無事だった。
同じ状況で、結果が正反対になった二つのチームの差は何だったのか。
気象庁職員だった新田次郎が、資料を克明に追って書いた小説。
自然の猛威を軽く見て、無能な幹部に率いられた青森連隊と、周到な準備と慎重な対応、地元民の知恵を借りながら行軍した弘前連隊の差が子細に書かれている。
バカな上司の下では、部下は悲惨な目に遭う−−という教訓でもある。
青森連隊のやり方は、太平洋戦争時の日本軍と似ており、『失敗の本質』と併読すると一層知識が深まる。
10)「破天荒! サウスウエスト航空 驚愕の経営」(ケビン・フライバーグ著、日経BP社)
米国の航空業界は、規制緩和によって猛烈な競争が起き、さらに湾岸戦争後、ほとんどの会社が赤字になるという惨状だったが、このサウスウエスト航空だけが増収増益を続けた。
「従業員重視」がこの会社のモットーで、お祭り騒ぎや、粋な表彰などで従業員を鼓舞している。
同じ型の飛行機を大量に導入して(整備マニュアルが一つで済むから)、都心と都心を結ぶ最短経路に中型機を頻繁に運航するという経営方式がまずユニーク。さらにターンアラウンドタイム(着陸してから離陸するまでの時間)を短くすれば、飛べる回数が増えるので、職種の差を超えて飛行機の掃除を行うとか・・・「経営とはこういうものだ」というヒントがふんだんに詰まっている本だ。同様の従業員重視経営の本に『セムラーイズム』(リカルド・セムラー著、新潮社)がある。これはブラジルの機械メーカー、セムコ社の経営について書かれた本。セムコ社については、バーバード・ビジネス・レビューでも紹介され、見学者が絶えないという。
<次点>
11)「山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略」(W.G. パゴニス著、同文書院インターナショナル)
湾岸戦争のロジスティクスを担当したパゴニス将軍の自伝
12)「アラン・ケイ」(浜野保樹監修、アスキー)
パソコンの父、アラン・ケイの伝記と主要論文集。"The best way to predict the future is to invent it !"「未来を予測する最善の方法は、未来を発明してしまうことである」というのは彼の真骨頂。