修士論文要約

「中小企業の求めるASP〜ASPにおけるレベニューモデルの一考察〜」

<研究目的と動機>

 本研究は、今後急速に進むであろう企業間取引(以下、BtoB)の電子商取引に着目しネットビジネスにおけるビジネスモデルを考察することを目的とする。通商産業省「日米電子商取引の市場規模調査」(平成113月)によれば、わが国の企業間の電子商取引は平成10年には9兆円であるが、平成15年には7倍強の68兆円に拡大するとしている。また、米調査会社のフォレスターリサーチによれば、BtoBの市場は2004年には2.7兆ドルに上る見通しである。そこでの主役は自動車ディーラーやオフィス用品の販売店など従来からある中堅中小の事業所(SME:スモール・アンド・ミディアムサイズド・エンタープライズ)である。

日本でも「SME」に該当する企業は五百万社以上あり、企業数で全体の99%以上、売上高で42%以上を占めているといわれ、今世間で騒がれているIT革命を成功させるには生産性の低い中堅中小企業の情報化を促進させ効率化をすることが重要になってくる。

そこで、本研究では特にBtoBのビジネスの中でも今後これらの中小企業の情報化を促進させると期待されているASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)事業に着目する。ASP市場規模は、2004年に日本において3127億円(日本ガートナー・グループ)、米国においては2003年には約45億ドルもの市場になると予測されている。更にIDCによる調査によれば世界におけるASP市場への1999年度の投資額は3億ドル(日本は12億円)であるが、2004年には78億ドル(日本は592億円)であるという結果もある。ここで、この78億ドルという数字は2004年におけるIT投資の1%以下という非常に小さな市場であるが、なぜこれほどまでにASPが注目されているのか?

その答えは、これらの事業者が本命としているターゲットが前述のような既存の中小企業であるからである。前述にある68兆円規模の電子商取引の企業間取引を実現するにはこれら既存の中小企業の情報化がかかせない。本論文は、このような既存の中小企業に今後どのようなASPが求められ成長していくのかを事例研究およびアンケート調査により推測したものである。

日本におけるASP事業は、2000年に入ってから本格的にサービスを開始、計画を行う企業が出現しておりASPブームと呼ばれる程新規参入業者は後を絶たない。これらの業者の多くは、ASPのメリットとしてTCO(Total Cost of Ownership、総所有コスト)の削減や自社で導入するよりも初期費用がかからないため中小企業でも大企業と同様のサービスを利用できることを強調しているものが多い。しかしながら、ASPはその定義があいまいであるばかりでなく、サービスを提供する側が様々なサービスメニューを揃えることで顧客を囲い込もうとしているように思える。また既に無料ASPなども出現しており、新たなビジネスモデルを提案できなければ価格競争に陥る可能性も否定できない。このように、多くのASPがターゲットとして中小・中堅企業を考えているが、そもそも中小企業が情報化に取り組んだ場合のメリットは何であり、ASPを利用することでどのような効果が期待できるのか?今後どのようなサービスを求めているのか?(従来、システムを導入していない企業にとってTCO削減は関係ないし、たとえ大企業と同じようなシステムが導入できたとしても、果たして大企業と同じシステムが中小企業にも必要なのか?という素朴な疑問)ということについての議論があまりなされていないように感じたのが筆者の問題意識の出発点である。

 

研究手法>

まず、日本の市場において現在までにサービスを提供、もしくは参入予定をしているASP事業者を調査し市場環境を整理する。さらに、この中から今後中小企業の情報化を促進させるであろうと考えられる事例を取り上げる。

更に、需要サイドのニーズや動向を把握するため製造業、建設業、小売業などの既存の中小企業に対するアンケート調査を行うことで今後求められるASPのビジネスモデルを検討する。

 

<本研究の結論>

 本研究では、アンケート調査及び事例研究から中小企業の情報化に関して、以下のようなことが結論として導かれた。以下に結論とその根拠の要約を示す。

 

1.中小企業にとってASPは有効なツールである

 情報化に対する投資や人的なリソースが充分にない中小企業ほど、システムの運用保守を行い最新のアプリケーションを利用できるASPの提供するサービスは魅力的にうつる。更に、データの標準化や取引先とのオンライン受発注も期待されており産業全体の効率化が図れるものであると期待できる。

ü        ファイルサーバーの設置率は、従業員100人以下では75%であるのに対し25人以下では24.8%、またサーバー設置しているほどノウハウの共有化が図れているとの回答が多い

ü        専任のシステム管理者は、従業員100人以上では27.2%25人以下では2.3%のみでありほとんどが兼務、外部委託も規模が小さいほど多い

ü        情報化することでメリットを感じている企業は72.1%であり、効率化ができたとの回答は61.7%(情報化のレベルの低い企業ほど肯定的な回答が多い)

ü        システムの運用保守コストについては約7割の企業が負担と考えており、情報化を進めるにあたっての課題として運用保守コスト、専門人材の不足を挙げている企業でもASPに対して興味を抱いている

ü        ASPに対して、業務の効率化、データ形式の標準化、データ交換などが期待されている

ü        事例としては求荷求車システムによる物流の効率化や、建設業向けのプロジェクト管理、3D-CAD/CAMASPなど

 

2.情報化するのは自社内の効率化のため、小企業は企業間連携に期待

アンケート結果では、業務の効率化とコラボレーションの促進には有効であるとの回答が多い。また、求められているアプリケーションは自社の効率を目的としたもの(経理会計、CAD/CAM、人事給与、自社内の受発注管理)を求めており、まずは足元を固めたいという心理が窺える。一方、米国ではEC関係(SCMCRM ERP)と他社を含めた取引を行うシステムを求めている。更に、従業員規模の小さい企業ほど同業他社との取引も多く、サイバーマーケット、データベースへの登録など営業支援のツールとして情報技術を積極的に利用、更に規模が小さいほど情報技術を使用して受注や商圏を拡大していることが分かった。

ü        新規顧客開拓方法として、25人以下の企業ほどインターネットを利用した営業活動を利用している現状が窺える

ü        従業員規模が小さい企業ほど情報化により受注が拡大したと回答している企業も多く、NCネットワークではインターネットによる受注が確実に増加している

ü        情報化による商圏の拡大も25人以下の企業ほど肯定的な回答が多い(「非常にそう思う」の10社中8社が25人以下)、また商圏が拡大している企業は他社との交流が増加しており、他社との交流が役に立っていると考えている

 

3.中小企業の情報化を進めるにはまずインフラの整備と教育支援

ハード面でのインターネットへの接続環境は整っている(86.7%が接続可能)が、ソフト面での遅れが目立つ(情報リテラシーや基本的なLAN構築技術など)。また、通信料金の高さはASPの普及の阻害要因となっている。サーバーを設置することで、ノウハウの共有化などの効果が期待できるという結果が得られたが、従業員の少ない企業ほどサーバーの設置率は低く、設置するための負担は大きい。また業種別では、製造業の情報化に遅れが目立つ(インフラ、教育、意識)。また、情報化への投資意欲は100人以下の企業は積極的である傾向が見られた。

ü        PC普及率、75%以上と25%未満の企業が多く格差が見られる。また、小規模企業ほどLAN接続率が低い

ü        25人以下の企業と製造業ほど経営者と社員の情報化に対する意識の乖離が大きく、従業員規模が小さい企業ほど社内でのパソコンの勉強会などが行われていない

ü        情報化を進める課題として25人以下の企業は「適切な相談相手」を重要項目として挙げている企業が多い

ü        年額投資の可能な金額の従業員別のデータにおいて、従業員100人までは金額が指数関数的に増えている

 

4.ASPの普及にはまず啓蒙活動、次に料金とサービスの充実を

 ASPの認知率は米国(IDC調べ)を含め、今回の調査でも認知率が4割と非常に低い。更に、規模の小さい企業ほどサービスの内容が不明であることがASPの普及の課題であるとしている。更に、アンケートでは低料金を実現することが最も求められており提供する側はアプリケーションの時間貸しという単純なビジネスモデルではなく、付加価値の高いサービスを充実させることが重要である。

ü        ASPが普及するために重視すべき課題として、全体では5位の「分かりやすいサービス内容の明示」が25人以下の企業では2

 

5.ASPに求められるのはアプリケーションではなくSLAを基本としたサービス

今回の調査では、ほとんどの企業がSLA(Service Level Agreement)を求めていることが判明した。更に、アプリケーションとSLAなどのセキュリティを含めたサービスのどちらを求めているのか分析を行ったところ、明らかにサービスを求めていることが分かった。米国の調査(Zona Research, Inc調べ)でも同様の結果が得られている。

ü        85%SLA有りを求めており、SLA無しの場合でも運用保守をしないでもサービスの利用ができることをメリットとして考えている企業の方が多い

 

6.中小企業がASPに料金を支払うのはSLAを含めたサービスに対して

 本研究におけるアンケート調査及び事例研究から、中小企業が今後のASPに対し料金を支払う理由は以下の3つに集約されると筆者は予想する。

 (1)アプリケーションソフトに対する分散投資: 但し、今後はアプリケーション自体の価格は競争が激化し限りなく下がることが予想されASP事業者のレベニュー・ドライバーとはならないであろう。

 (2)TCOの削減: 中小企業にとってノウハウの共有や情報化を進めるにあたってサーバーを設置することは有効であるが、人材の乏しい中小企業にとってその人的、財務的な負担は大きいため潜在的なニーズは高いと考える。

 (3)セキュリティの確保: ファシリティの保守管理、SLAによって保証されたシステムの安定性、ウイルス感染やハッキングの防御、ファイルのバックアップやアクセス権の設定などが今後のASPに求められるサービスであろう。

 

つまり、今後のASPのビジネスモデルとしてはアプリケーションソフトや機能で料金を徴収する形態は難しくなると推測される。現在、高額なソフトを低額な料金で多くのユーザーにASPで提供するというビジネスモデルはニーズはあるだろうが、遅かれ早かれ競争も激化し価格はすぐに低下、またユーザーが増加したはいいがサポートが追いつかないなど収益構造を悪化させるだけで資本力のある大手以外はそう長くは続かないであろう。

ü        SLA有りを求めている企業ほど、情報化への投資金額意欲が高い傾向

 

<事例研究から学べること>

論文中ではNCネットワーク(製造業支援)、トラボックス(求荷求車)、Buzzsaw(建設業コラボレーション)などの事例を中心にこれらの企業がどのように中小企業の情報化と、企業間の連携を促し、どのような収益構造になっているのかを考察した。

 

1.まずは無料で提供、意識の高い参加者を集めている

NCネットワーク、トラボックス、Alibre Designbuzzsaw.comでは、ユーザーが最も使いたい機能をあえて無料で提供することにより多くのユーザーを短期間で集めることができた。有料にした場合、当然SLAなどの契約をユーザーごとに結ばなければならず、ユーザーサポートにも莫大な費用がかかるため短期間にユーザーが増えた場合、中小のASP業者は対応できないであろう。また、無料であれば中小企業でもまずは試しに使ってみようという心理が働く。そこで、コアのサービスは無料で提供しユーザー同士の交流ができる掲示板などを設置することでサポートにかかる費用を削減し、会員制にすることで意識の高いユーザーを集めることで少しでもユーザー同士の信用形成やスキルアップを促すような場の提供を心がけている。

 2.頻繁なバージョンアップと機能の追加、そして中身の濃いサービス

 NCネットワーク、トラボックスの事例からは、常にユーザーの視点に立ち、使いやすものにしようとしていることがわかる。本来、ASPは多数のユーザーが同一のアプリケーションを使用するためユーザーごとにカスタマイズを行うことは難しいため顧客満足を得ることが難しいと言われている。しかしながら、この2社はユーザーの意見を常に収集し機能やサービスの拡充を頻繁に行っている。しかも、特定の業種に特化しており、いずれもその業界の出身者による運営であるため専門的なサポートが可能である。そして、ユーザーによる自発的な参加を歓迎しているため更に内容の濃い充実したサービスを創り上げていくことが可能なのである。まさに、Linuxの開発モデル「伽藍とバザール」のバザール方式を実践していることがわかる。

 

3.アプリケーションソフト購入→効果、から効果→アプリケーションソフト使用へ

従来のアプリケーションの販売形態は、まず初期投資してシステムを導入してからでないと効果がでるかわからなかった(従来のパッケージ・ソフトでも期間限定で無料で使用できるものもあったが、自社内に試験用の環境を作らなければならなかった)。しかしながら、今回の事例では無料で使用でき受注の拡大や業務の効率化などの効果が明らかにされてからユーザーが使用継続を選択できるという点で、今までのソフトウェアの販売形態の見直しをせまる力を持っている。更に、NCNやトラボックスでは利用しているユーザー側から、有料でも良いので決済サービスを提供して欲しいと要望があり、サービスを拡充していったという事実からも、ASP事業者はアプリケーションを提供するという考えを捨てサービスを提供するという意識が必要であることがわかる。ASPで先行する米国の無料3D-CADAlibre Designも無料プロジェクト管理のbuzzsaw.comも、企業間同士のコラボレーションをするために必要なセキュリティやデータのバックアップ、保護などをサービス料として徴収しており、もはやアプリケーションの開発費を回収し利益を得るというビジネスモデルではない。

 

4.レベニューモデルについて

ASPのレベニューモデルとして現在の主流は主に、高額なアプリケーションソフトを多くのユーザーで使用することで1社あたりの使用料金を下げている低額料金徴収型であるが、事例ではアプリケーションは無料で提供しユーザー数を集め、ASPを利用している企業間同士のコラボレーションを活発化させることによって広告料金や、決済サービスなどの電子商取引によるトランザクションによる課金、中小企業にとってネックとなっているサーバー類の保守、データの管理などをサービス料金として徴収するモデルが中小企業の支持を得ていることが特徴である。

 

<アンケート調査>

 アンケートの単純集計結果をダウンロードできます(PDF形式)

 

 

アンケート結果について

 

アンケートのフォームおよび単純集計結果

 

 

 

ASPの提供形態とレベニューモデルについての考察>

最後に、今後ASPによって進むであろう中小企業の情報化の進展と、ASPの市場、ASPのレベニューモデルを整理した図を以下に示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

テキスト ボックス: 無料

サービス代行料金徴収モデル

 

広告収入モデル

 

 

 

 上図は、アプリケーションの軸とSLAの軸により4つのセグメントに分類したものである。各セグメントの円の大きさはマーケットサイズを表している。以下は、各セグメント別にユーザー、ASP事業者、ASP事業者のレベニューモデルの説明である。

 T:アプリケーション:無料、SLA:無し

ユーザー:

情報化のレベルは低く情報技術に対しまだ投資を行っていない企業が多いと予想される。また、企業間取引を求めている小企業が多い。

ASP事業者:

 自社でデータセンターなどを持つ資本力がないため、他社との差別化を図るためにコアのアプリケーションを無料で提供する場合が多い。また、サポート体制も多くのユーザーに対応できないことからコミュニティを形成しユーザー自身にデータの更新やサポートを補ってもらう工夫が必要になる。

ASP事業者のレベニューモデル:

基本的にユーザー数がこのセグメントのASPにとっての価値であるため現在は広告料の収入などに頼らざるをえないが、将来的には今までパッケージソフトとしては流通コストなどで採算ベースにのらなかったような優良なソフトを集め、プラットフォームの使用料としてベンダーから収入を得る可能性もある。また、他のマーケットプレイスやASPとの提携による取引手数料等の収入も考えられる。

 U:アプリケーション:有料、SLA:無し

ユーザー:

情報化のレベルは低いが、自社でシステムを構築したいと思っているが進んでいない企業が多い。システム開発には莫大な費用がかかると思っている(または知っている)ため、低額料金であれば利用したいと考えている。自社業務の効率を求めている企業が多いと予想されるが、経理・会計やグループウェアなどの自社のデータをSLAがきちんとしていない業者に委託するのには大きな不安を持っているためマーケットサイズは小さい。

ASP事業者:

高額なアプリケーションソフトを、多くのユーザーへ切り売りし低料金で提供するため、基本的にカスタマイズは不可能に近い。そのため、ユーザーにとって魅力的なソフトを多く持っているソフトウェアベンダーとのアライアンスを組み多くの品揃えを行い、ユーザーを囲い込むことが重要になってくる。

ASP事業者のレベニューモデル:

サービス開始前に多額のシステム開発費用やソフトウェアのライセンス購入などの投資が必要となるため、キャッシュフローを改善するためにテナント使用料のような月額定額料金での徴収が多い。

V:アプリケーション:無料、SLA:有り

ユーザー:

情報化のレベルは中程度であり、既に自社でシステムを構築している企業も多い。しかしながら、経営資源の乏しい中小企業ではシステムを維持していくことが負担になっている。従って、既存のシステムへの投資の上に更に追加投資を行うことには抵抗を感じているため、アプリケーションに対し追加投資の必要ない無料のサービスは魅力的である。

ASP事業者:

SLAをきちんと結ぶ必要があるため自社内の効率化や企業間取引に必要なシステム(経理・会計、人事・給与、CADデータ、決済サービスなど)を維持できる能力が必要である。また、アプリケーションは無料で提供するため責任問題やメンテナンス、サポートのレスポンスを考えると自社開発できることが望ましい。

ASP事業者のレベニューモデル:

サービスを利用した度に請求する従量制の料金を徴収するか、保守契約料として定額料金を徴収するかたちが多くなると予想される。従量制の場合、課金の際に何を基準とするかがサービスによって異なるためノウハウが要求されると考えられる。また、アプリケーションは無料であるため他のASPへ組み込んでもらうなどの提携が多くできるためサービス料での収入は今後大きくなると予想される。

 W:アプリケーション:有料、SLA:有り

ユーザー:

情報化のレベルは高く、自社のシステム構築にはカスタマイズが必要だと考えている。また、ASPのサービスを利用していた優良企業のメンバーがグループで自社のノウハウを盛り込んだシステムを開発する際など(楽天の優良メンバーが集まって新たなサイトを立ち上げたように)、今後中小企業の情報化が進んできたときには必要である。

ASP事業者:

アプリケーションの構成や拡張、情報化戦略やプランニング、教育訓練サポートなどのサービスが提供できる能力が必要となる。

ASP事業者のレベニューモデル:

基本的にカスタマイズを基本としたサービスであるため、従来のビジネスモデルとは何ら変わらない。主に個別対応での価格交渉になるであろう。但し、各業種や機能に特化したASPのサービスが、今後増えてきた場合それらのASPをモジュールとして組み合わせれば大規模なシステムの構築も不可能ではないためWのマーケットそのものがTとVに吸収される可能性もある。