3 企業内教育・企業外教育をめぐる論理背景
企業内労働市場と社員教育・訓練
佐野(1989)は、労働経済学の観点から、我が国の企業内の人事と労働市場について「企業内労働市場」に関する分析を行っている。
我が国のように終身雇用制や年功序列型の賃金システムをとるところでは、企業の内部に労働市場が存在している、とする。この考えによれば、一つの企業の中にはさまざまな職種と職階が存在しており、また必要とされる技能は企業特殊的なものであり、その企業に固有のものであるために、訓練や教育を受けた社員が他の会社へ行っても価値は低く転社する可能性は低いので、企業は社員の教育や訓練へ投資する。一方、社員の側からすれば、企業内で習得した技能は、他の会社へ移ってもそのまま通用する可能性が低く、また、社内での新たな職種に対応した訓練や教育は昇格や昇給と結びついているから、年功序列的な賃金制度のもとでは一つの会社にずっと長く勤めた方が有利であると考える。したがって、雇主、労働者双方にとって、積極的に企業外教育を受けようとするインセンティブが働きにくく、企業内教育の方が得るところが大きい、と思うようになるのである。
そこにおいては、賃金を媒介として人材を必要とする雇主と知識・技能をもった職を求める労働者の行動によって、労働力の需給が決まる「外部労働市場」のメカニズムが働くようなアメリカの場合とは、根本的に異なる。外部労働市場においては、雇主は必要な労働力を少しでも安く調達しようとし、他方、労働者は少しでも高く自分の労働力を売り込もうとする。例えば、アメリカのように流動性が高く、転職や中途入社が頻繁に行われるような社会ではこの外部労働市場型の人材調達メカニズムが機能している。したがって、労働者は少しでも自分の商品としての価値を高めるために、自らの負担で各種の企業外の教育訓練に投資することになる。このように、アメリカでは個人主義の文化の影響もあって、労働者の再教育や再訓練を含む人材開発は個人の責任で行うべきとの考えが強く、社会の仕組みもそれを可能とするように柔軟に構造化されている。アメリカの大学は社会人にも門戸が広く開かれており、また、いまの仕事を辞めて教育に専念できない人にも再教育の機会を保障するために大学や大学院の多くの授業は夕方から開講されたり、夏休みに集中的に講義が開かれたりしている。