慶應義塾大学大学院経営管理研究科
修士論文(要約)

1998年1月31日

主査:國領 二郎 助教授
副査:青井 倫一 教授
   嶋口 充輝 教授

「ネットワーク上の顧客間インタラクション」

森田 正隆

mamorita@ka2.so-net.or.jp

國領研究室(M19)

学籍番号:89628938

要旨

消費者同士の自発的な相互作用が商品の付加価値を大きく左右する現象が見られる。「顧客間インタラクション」と定義されるその現象に関して、文献研究、事例研究および実証研究を通じてその性質の一端を明らかにしてみた。

電子ネットワークが大衆に普及しつつあり、「顧客間インタラクション」がますます活性化しやすい環境が整ってきている。調査した事例では、同インタラクションが商品を変質させ、需要を拡大していることが確認された。

筆者は「顧客間インタラクションを活発にする要因」をアイデンティティ関与度、イノベーション誘発度、コミュニケーション誘発度の三点にまとめ、仮説を提示した。パソコン通信のデータを利用しておこなった検定により、(1)携帯性のある商品をテーマとして扱っている、(2)参加者にイノベータの属性を有する人の数が多い、(3)現実の場所に交流の場が存在する、という三つの作業仮説が支持される結果となった。


1 問題意識

 消費者同士の自発的な相互作用が商品の付加価値を高めている、あるいは付加価値そのものを決定づけているような現象が数多く見られる。「顧客間インタラクション」と定義されるその現象に出くわすとき、筆者は彼らの一見不合理とも思える自発的行動や、その複雑な連鎖作用がもたらす結果の豊かさに強い感動を覚えてしまう。一方、それと対比して企業側の想像力の貧困さといったらない。いまだに、多くの企業はすべてを経済的交換に置き換えることなしには、市場での現象を理解することができないのではないだろうか。

 顧客を分断し、囲い込むことによって情報の非対称性を確立し、企業側が創造する商品を次々に送り届ける。そこでは、企業 =供給者、消費者= 需要家という線引きが明快である。しかし、消費者同士の自発的な相互作用(インタラクション)が商品の付加価値を高めている場合(もちろん逆もある)、もはや消費者は単なる需要家ではない。しかも、顧客を分断すること自体が困難な時代となりつつある。いまさら強調するまでもないが、インターネットに代表される開放的な電子ネットワークの登場が消費者側のインタラクションの時間的かつ空間的な範囲を拡大し、あわせてその連鎖効果をも拡大しつつあるということは周知の事実である。

 このインタラクションの性質を明確にし、同じ市場経済で生きるプレイヤーとして企業がいかにしてこの現象に対応していくべきなのかというヒントを提供することが本研究の目的である。


2 文献研究

 筆者の問題意識と先行研究の文献とを照合した結果、つぎのような結論を導き出した。要約であるので、逐一引用個所は明示していない。

 大量生産・大量販売時代には、生産者である企業が情報を占有し、彼らからの情報提供を画一的な「国民」が一方的に受け入れる「エナクトメント・パラダイム」が市場を支配した。しかし、成熟消費社会の到来に伴い、顧客との対話を通じてニーズを発掘していく「インタラクション・パラダイム」へと企業の戦略はシフトしていかざるをえなくなった。そうなると、垂直統合あるいはフルライン維持を基軸とした規模優先の企業戦略は適応力を失ってくる。ましてや、大企業が企図する「One to One マーケティング」などは単なる自己矛盾でしかない。もはや大企業は自らの力の限界を謙虚に認識し、細かい顧客ニーズの充足や応用イノベーションの生成を消費者あるいはスモール・ビジネス同士のインタラクションに任せることが重要で、大企業はそれら顧客間インタラクションを活性化させる触媒として振る舞うことにその存在意義を見出すべきではないかと筆者は考える。

 顧客間インタラクションを通じて、電子ネットワーク上の電子会議室などに組織や階層が出現する現象が見られるが、その理由は次のとおりである。電子会議室上での情報のやりとりは等価交換である経済的交換ではなく、一方的な贈与を含む社会的交換である。よって、他のメンバーに一方的な情報贈与を続けることのできる能力を持った一部のメンバーに権力が発生する。さらに人間の認知能力の限界からか、コア・メンバーは7名程度に集約されることが多い。彼らが電子会議室上で権力を持ち、その周辺に階層が出現する現象は必然的である。

 電子ネットワーク上で情報提供のインセンティブが発生し、メンバーが競い合うように無償の情報贈与を続けるのは、ネットワークの構造が参加者の行動に強い影響を与えているからである。電子ネットワークでは、他人同士のインタラクションも含めてその場全体の活動状況を把握しやすいため、メンバー間での規範や行動原理の共有がすすみやすい。また、メンバー同士は構造同値と役割同値の関係にあるため、その点でも類似性と競争関係が促進されやすい。そのため、前段で説明した一方的贈与に伴う権力獲得を目指した競争心がインセンティブとなり、一方的な情報贈与競争が起こるのである。

 現代の価値ある情報とは、異なる主体同士の「編集的相互作用」から生まれる「動的情報」である。ネットワークへの自発的な参加が情報生成の循環プロセスを発生させる。しかし、ネットワークに関わるということは同時に余計なやっかいごとを背負い込むことでもあり、弱さの源でもある。その弱さが動的情報生成という強みと同居しているところにネットワークへの自発的参加のパラドックスがある。いずれにせよ、ネットワークが活性化し、動的情報を生む場であるためには、新規メンバーの参加が認められ、情報が公開されていなければならない。だが、上記の「自発性が生み出す弱さ」だけが強調されることのないようある程度のメンバー認証と秩序形成が必要と考えられる。

 情報には再生産と複製にコストがかからないという公共財的な性質がある。メディアのデジタル化が進むと、あらゆるコンテンツやソフトウェアがこの条件を満たすようになる。さらに電子ネットワークがプラットフォームとして機能することで、人口統計的には少数しかいないイノベータ同士の交流が促進される。顧客間インタラクションの実体は情報財であり、イノベータたちが生み出すユーザ・イノベーションがソフトウェアを初めとする情報財の形をとることによって、電子ネットワークが情報財の自発的拡大再生産のエンジンとして機能することが予測される。


3 事例研究

 つぎに、顧客間インタラクションを具体的に理解すること、ならびに、仮説の導出を企図し、三つの事例研究をおこなった。

@ポケベル

 まず、第一に、ポケベルの普及過程を追ってみた。その理由は、本来ターゲットとされていなかった若年ユーザ層が、ユニークな使用方法で需要を爆発的に増やしていったというところに興味を惹かれたからである。とくに、女子高生におけるポケベル・ブームに焦点をあてて調査をおこなってみた。その結果、女子高生が生み出した語呂合わせを応用した「ベル暗号」というものが、ポケベルを単なる緊急呼出ツールから日常的なコミュニケーションツールへと変質させていったことが明らかになった。これは供給者側の予想を超えた激しい利用形態であり、その結果、緊急用途での需要しか見込んでいなかった供給者側のビジネスモデルはいとも簡単に破壊された。また、ポケベルというパーソナルな文字通信メディアの普及が、女子高生の行動形態を変化させていったという経緯もあわせて明らかとなった。

A松下電器レッツノート

 第二の事例として「松下電器レッツノート」というサブノートパソコンをめぐるユーザ同士のクラブ型インタラクションの事例を調査した。パソコン通信上の電子会議室に設けられた専用の電子会議室で交わされるユーザ間の情報交換は製品の使い方や改造方法、不具合の告発など多岐にわたっており、自発的な参加であるにもかかわらず大いににぎわっていた。リアルタイムの情報源としての電子会議室の重要性に注目したメーカは、ユーザの不満点や要望をそこから吸い上げるとともに迅速に対応すべきトラブル情報の収集に努めた。その結果、顧客のニーズに的確に応える商品開発が実現し、サブノート市場でのシェアが無に等しかった松下が一気に8%のシェアにまで急伸することにつながった。しかし、初期不良に関する情報など悪いうわさほど迅速に広まる電子会議室は、メーカにとって両刃の剣でもあり、依然としてメーカとユーザ・クラブの関係は緊張をはらんだバランスを保っているのが現状である。

BHP200LX

 第三の事例として「HP200LX」という手のひらパソコンの日本語化ソフト開発における「開発参加型インタラクション」の事例を調査した。調査の結果、メーカーがまったく売る気を示さなかったHP200LXを「ユーザたちが勝手に日本語化をし、積極的な拡販活動をした」という不思議な現象が明らかにされた。ユーザたちは自発的に、日本語用基本ソフトを作成し、ネットワークを通じて無料で配布し、ソフトを添付した解説本を出版し、ネットワーク上で初心者ユーザのサポートをおこなった。彼らはメーカーの社員ではなかったが、優秀なソフト開発者であり、熱心な営業員であり、丁寧なサポート員であり、説得力のある広告マンであったといえよう。彼らの多くがパソコン通信という電子的ネットワーク上で知り合い、仕事を自発的に分担していったことが興味深い。電子的な場の公開性が広範囲のユーザにインタラクションのチャンスを与え、場が持つ情報蓄積機能がインタラクションの時間的範囲を拡張していることが注目に値する。


4 分析

 文献研究、事例研究の結果、ネットワーク上の顧客間インタラクションの本質は「情報」であり、その生成と交換の過程に注目すべきであるという結論にいたった。そして、情報の生成を刺激する要因としてアイデンティティ関与度とイノベーション誘発度を、情報の交換を刺激する要因としてコミュニケーション誘発度を提示する。

@アイデンティティ関与度

 消費者にとって高関与の対象となる商品やサービスは個人特定的な情報を発生させやすいといえる。

 また、自意識が確立しはじめると、身につけるものや持ち歩くものなど自己表現に関わるものに対しても人はこだわりを見せるようになる。それらの財は社会的存在である個人のアイデンティティ表現に深くかかわっているからである。

 このように消費者が自分自身と深い関わりを持つものに対して高関与の態度を形成している度合いを「アイデンティティ関与度」という言葉で表現し、顧客間インタラクションを活発にしている一要因として取り上げることにしたい。

Aイノベーション誘発度

 現代のイノベーションでは、ユーザの果たす役割は非常に大きい。ユーザ・イノベーションそのものも実体は情報財である。そのように考えると、ユーザ・イノベーションが活発に起こるということは、顧客間インタラクションの実体でもある情報が多数発生するということになる。

 ユーザ・イノベーションの代表例は用途開発のイノベーションであろう。たとえば、メーカが思いもしなかった利用方法をユーザの実例に教えられて商品の市場が広がったという例は数多くある。

 ここで、情報発生を活発にするこれらイノベーション誘発に関係する要因を「イノベーション誘発度」と呼ぶことにしたい。

Bコミュニケーション誘発度

 たとえ、情報が発生してもそれが伝播し、新たなる動的情報を生み出さなければインタラクションとはいえない。そのためには、消費者同士のコミュニケーションが円滑におこなわれやすい環境の存在が必要となる。交換の発生を活発にするこの要因を「コミュニケーション誘発度」と呼ぶことにする。

 コミュニケーションを促進するためには、物理的には各主体間の初回接触の可能性を高め、いったん成立した関係状態が維持発展し、ひとつの関係が次の新たな関係を生み出すサイクルにもちこめばよい。具体的には、つぎに示す四点の条件が必要である。

 第一に、コミュニケーションの主体となる対象であるn数が大きいことである。

 第二に、時間的、空間的に分散している交換相手との初回接触の可能性を高めることである。

 第三に、各主体間で使用される語彙や文脈が共通していることである。

 第四に、情報交換の相手と持続的なコミュニティを形成したり、持続的な関係を維持できることである。


5 仮説

 前節で提示した三つの要因ごとに顧客間インタラクションを活発にする条件を仮説として提示する。

@アイデンティティ関与度

<仮説 1-1> 携帯性がある商品は、顧客間インタラクションが活発になる。

 携帯して使用する商品は、使用しているところを他人から見られるのでアイデンティティとの整合性を気にするようになる。また、パーソナル性が高いので、共同で使用するものと比べると占有意識が強く、関与が高まりやすい。

Aイノベーション誘発度

<仮説 2-1>ユーザがカスタマイズできる商品は、顧客間インタラクションが活発になる。

 ユーザ・イノベーションはユーザのアイデアでカスタマイズできる商品の場合に起こりやすくなることはいうまでもない。

<仮説 2-2>普及の初期段階にある商品は、顧客間インタラクションが活発になる。

 製品の普及が進んでいない初期段階では、評価が定まっておらず、具体的な用途も多様性に乏しい。この段階では、用途開発のイノベーション活動と評価形成のためのイノベーション活動がおこる。

<仮説 2-3>イノベータの参加が多いコミュニティでは、顧客間インタラクションが活発になる。

 損得をかえりみないイノベータの冒険的な態度から用途開発型や改良型のイノベーションが数多く生まれる。よって、イノベータの性質を持つメンバーが数多く参加しているコミュニティではとうぜん顧客間インタラクションが活発になる。

<仮説 2-4>イノベーション成果を量る基準があると、顧客間インタラクションが活発になる。

 イノベーションの成果を量ることができる目安があることは、イノベータのモチベーションを刺激し、情報財の生成を促進させ、もって顧客間インタラクションを活発にする。

Bコミュニケーション誘発度

<仮説 3-1>「情報の蓄積機能」と「情報の公開機能」を持つ電子ネットワーク上に情報交流の場が存在すると、顧客間インタラクションが活発になる。

 文字が主体のコミュニケーションは記録が残り、非同期的なアクセスでも情報入手と発信を可能にし、利用者の時間的、空間的制約を大きく緩和する。電子ネットワーク上に情報交流の場が存在することは、「初回接触可能性が高い」「情報伝達が容易」「関係持続・コミュニティ成立が容易」という点でコミュニケーション誘発度を高め、顧客間インタラクションを活発にする。

<仮説 3-2> 現実の場所に決まった交流の場が存在すると、顧客間インタラクションが活発になる。

 また、電子ネットワークをサイバーな場とすれば、一方で、リアルな現実の場というものも平行して存在している。両者は決して排他的ではなく、交流の場として相互補完的な関係を持つ。なぜなら、「電子会議室で普段話している人とは初めて会っても話しやすい」とか「一度顔を見て話した人とは電子会議室でも親近感を持ちやすい」というのはごく当たり前の自然な感情であるからである。

<仮説 3-3>語彙が統一されている、語彙統一の活動があるコミュニティでは、顧客間インタラクションが活発になる。

 語彙統一は、その後のコミュニケーション活動を円滑かつ効率的にするとともに、語彙共有が仲間意識を醸成することによって、場の維持および活性化に貢献する。これは、コミュニケーション誘発度が高いということであり、顧客間インタラクションを活発にする。


5 仮説検証

@調査設計

 調査の対象として、パソコン通信を取り上げた。中でも国内最大手で250万人以上の会員を有するニフティサーブに対象を絞った。同時に、フォーラムに調査対象を限定した。

 1997年6月31日時点で公開されていたニフティサーブの全フォーラム543個を対象にして抽出をおこなった。ランダムサンプリングで98フォーラム(第@群)を抽出した。さらに、コンピュータおよびソフトウェア関連の150フォーラム(第A群)はすべて調査対象とした。各フォーラムの電子会議室とデータライブラリを調査した。

 電子会議室は、1997年10月1日から10月31日までの全発言を対象とした。データライブラリは、1997年4月1日から11月5日までに登録された全データを対象にして、11月5日時点でのダウンロード数などを調査した。

 なお、顧客間インタラクションの活発度を量る測度は次のものを使用した。

 (1) フォーラム全会議室での発言数

 (2) フォーラム全会議室での発言人数

 発言数と発言人数を採用したことによって「発言の数が多い会議室ほどインタラクションが盛んである」「発言している人数が多い会議室ほどインタラクションが盛んである」という二つの測度を可能にした。

A作業仮説

☆作業仮説 1

 コンピュータ関連のフォーラムのうち、携帯性がある商品をテーマとして扱うフォーラムはそれ以外のフォーラムよりも顧客間インタラクションが活発である。

☆作業仮説 2

 イノベータの数が多いフォーラムは顧客間インタラクションが活発である。

☆作業仮説 3

 オフラインミーティングに関する発言の比率が高いフォーラムは顧客間インタラクションが活発である。

 オフラインミーティングを現実の交流の場として定義した。

B検定結果

作業仮説

測度

第@群

 

第A群

 

@+A

仮説 1

携帯性のある商品を扱うフォーラム

発言数

 

☆☆

 

人数

 

☆☆☆

 

仮説 2

イノベータの数が多いフォーラム

発言数

☆☆

☆☆☆

人数

☆☆

☆☆

☆☆☆

仮説 3-1

オフ関連発言人数が多いフォーラム

発言数

☆☆☆

☆☆☆

☆☆☆

人数

×

☆☆☆

☆☆

仮説3-2

オフ関連発言が多いフォーラム

発言数

☆☆

☆☆☆

☆☆☆

人数

×

☆☆☆

☆☆☆

× P >= 10%

☆ P < 10%

☆☆ P < 5%

☆☆☆ P < 1%

C考察

  今回の調査結果にもとづく仮説検定では、おおむね筆者の仮説が支持された。一部、不十分な有意差の結果があったが、その場合でも「発言数」と「発言人数」の少なくともどちらかでは5%未満の有意差が得られた。

 よって、本調査結果を見る限りでは、「携帯性」「イノベータの数」「現実の「交流の場」の存在」の各条件が顧客間インタラクションを活発にしていると判断してよいだろう。

  今回の調査では3つの作業仮説の検定結果が得られ、本研究に実証的な裏付けを与えたといえる。ただし、調査の前提としても述べたが、パソコン通信を対象にしたことで調査対象が限定された点と、前章で提示した仮説のうち作業仮説に落とし込めなかったものがいくつかあった点に不十分なところが残った。

 今後の研究では、筆者が提示した仮説の理論的かつ実証的な確からしさを補強していくとともに、より調査対象の範囲を広げ、操作定義に工夫をこらし、多くの角度から仮説検証をおこなうことが望まれる。

以上