NIKKEI NET IT&BUSINESS NEWSNET時評」200464日掲載〕

情報開示のインセンティブを高めよ

 

 三菱自動車をめぐる欠陥隠しの報道が続いた。私ごとで恐縮だが、自分も同社製の車に乗っており、どうなっているのかいささか不安である。個別報道については真偽を知らないのでいい加減なことを言えないが、このコラムで話題にしたいのが、「情報開示のインセンティブ」問題である。

 

いったん漏れると、あっという間に広がる

 

 鳥インフルエンザが広がった時の浅田農産といい、今般の三菱自動車といい、組織が問題を把握した初期段階において、隠すほうが開示することよりも組織のためになるという判断が働いたように見える。隠蔽したことによって、問題が拡大したときにさらに大きな隠蔽をしなくてはならず最後は破綻するという、子供に避けるように諭すパターンに陥ったことは想像に難くない。

 

 そしてネット時代には隠蔽した問題がいったん漏れると、あっという間に広がる。最近、これを実感したのはイラクにおける収容所問題だろう。ネットにアクセスしていた人間の多くは、慎重だった日本のマスコミ報道よりも前に欧米の電子版新聞・雑誌に掲載された目をおおいたくなるような写真を見たことだろう。全世界の人間がほぼ同時に同じものを見たわけで、情報伝播は文字通り瞬時といっていい。

 

情報を開示することのメリット

 

 ただ、この話を陳腐に「だから問題は早期に開示することが企業の社会的責任であるし、それが企業にとってのリスクも下げる」というような議論に終わらせたくない。三菱自動車にしてもリコール隠しのコストが大きいことは先年学習済みであるのに、その後もやはり開示のコストが隠すリスクよりも大きいと思われ続けてしまったようだ。これが同社だけの例外的な現象ならいいが、他社にも共通した問題である可能性も高く、社会的にみてリスクが大きい。問題を早期に開示することのコストを今よりも下げ、メリットを大きくしなければこのような問題はなくならないのではないだろうか。早期の問題情報を開示し解決に向けて手をうった組織に対しては、免責、ないしはさらに踏み込んで高い評価を与えるなどのインセンティブを差し上げることを考えてみたいところである。

 

 いまこのような議論をするのは、片側で医療や食の分野で、ネットワークを活用した細かな管理をすることで、安全性を飛躍的に高める可能性が出ていることを実感しつつ、それを実現するための大きな障壁が、情報開示へのディスインセンティブであることを実感しているからである。例えば、病院内で、医療器具や薬品、医療従事者の動きを監視することで、医療上のミスを減らすシステムを開発することは可能だ。しかし、それが単に医療従事者がマスコミに叩かれるネタを作るだけと思われたら、システムは現場から拒絶される。ただでさえ、いま医療従事者は医療過誤で追及されることにびくびくしながら、職場がどんどん息苦しくなることに耐えている。そうではなくて、万が一のミスへの対処措置を含め、医療行為が手順に従って行われたことがデータで証明されることで、責任追及がエスカレートせずに妥当なものとなることが理解されれば、開示が広がることだろう。

 

知らしめることで、信頼をうる

 

 食品においては履歴管理(トレーサビリティー)をめぐって同じようなことがいえる。消費者の立場からは、食品流通の履歴が記録に残され、消費者にも開示されることは歓迎すべきことである。しかし、インセンティブ設計を間違えて単なる責任追及型にしてしまうと、事業者にとっては商品履歴の開示は単にコストアップであるだけでなく、何か事故があった場合に、自社の責任が追求されやすいリスクアップ要因を作っているように見えかねない。そうではなく、トレーサビリティーのシステムは手順にそってきちんとした管理をした企業であれば、何か不可抗力で事故があった場合にも責任から免れられる安心感を生むシステムにしたい。それがひいては企業の積極的な情報開示につながり、社会全体としての安全性を高める結果につながる。

 

 これをより大きな社会的な観点で語ると、顧客を「よらしめ、知らしめない」組織から、「知らしめることで、信頼をうる」組織への転換を促そうという主張になるだろう。報道によれば、三菱自動車の件においても、欠陥隠しが「ブランドを守る」ために行われたという。これが本当ならば根にあるのは、スリーダイヤがついていれば、外部からの精査がなくても信じてもらえるブランドをつくることを目指す「よらしめ、知らしめない」考え方であろう。

 

 この方法は、情報伝播のコストが高く、「知らしめる」ことが難しい環境では有効な考え方であろうが、ユビキタスなネットワークの時代では、知らしめることを通じて、信頼を得る方向にいかなければいけない。(注:もともと孔子の「知らしむべからず」ということばは、知らしめてはならない」という意味ではなく、「知らしめるのは困難である」という意味らしい。)

 

責任追及より問題表面化の評価を

 

 社会的に評価すべきは、ミスを起してこなかった経歴ではなく、問題をいち早く発見する能力と、問題の存在が知られることを恐れずに開示し対処する意思と能力であるべきだろう。そのような能力を持つ企業が、マスメディアや資本市場などにおいても高い評価が与えられ、ひいては消費者にもプラスのイメージを持たれ、新しいブランドになるようにしたい。

 

 実際にそのような社会にするためには、我々言論を預かる人間も、何か事件があった時に扇情的に責任追及をするだけではなく、問題を表面化させた人や組織を積極的に評価する努力を続けないといけないのだろう。たとえばイラクの収容所問題についても、事件を防げなかった組織に大きな憤りを感じる一方で、軍自らの手で報告書が用意され、圧力を受けながらもそれを報じるマスコミがあって、フィードバックがかかる体制があることに、一条の光をみたいし、評価をしたい。そのようなメカニズムをもっときちんと育て、手遅れにならないうちに機能するようにすることこそ大切だ。