[NIKKEI NeT ITニュース「ネット時評〜 Digital Byline 」2002年9月19日掲載]
ユーザーのイニシアチブを生かせるネット社会 國領 二郎 慶応大学教授
インターネット商用化から10年たち、IT基本法が成立してからも2年がたった。その間にITバブルの崩壊などがあって、いま情報技術をどのように考えればいいのか、あらためて考え直すべき時期にきている。
IT戦略の第一局面においてはインフラストラクチャー整備が主役となった。高コストで使い勝手が悪いネットワークを世界でも最も高機能で使いやすい料金体系とするという目標は相当程度達成されつつある。この部分は積極的に評価していいだろう。しかし、インフラストラクチャー整備はあくまで出発点に過ぎない。大切なのは情報技術を使って何を達成するかということである。その意味で第二局面においては達成したい社会的な目標の実現が問われる。
考えるべきはITを使って(1)目標−何を実現するのか−、(2)担い手−誰が実現するのか−、(3)方法−どのように実現するのか−の3点であろう。このうちの目標については、本年年頭において本IT時評で「3つの目標モデル」として問題提起を行わせていただいた。
http://www.jkokuryo.com/papers/online/20020107.htm
本稿で提起したいのは誰が、どのように実現するかという(2)、(3)の点が実は目標そのものと同じくらいに大切だという点である。
■インターネットの原点を確認しよう
そこで提起したいのがインターネットの原点−自律分散−をもう一度確認することだ。すなわちネット社会は政府や大企業に頼って構築するのではなく、スケーラブルな分散型の技術を使ってユーザーのイニシアチブによって作っていくということだ。いまさら、という感もあるのだが、インターネットが大きくなり、社会的な影響が強まるにつれて中央で計画し、中央の資源によって実現する様相が強まっている。人々が分かってその道を選んでいるのであれば仕方ないが、その意識も薄いように思われる。いま我々は集権的な仕組みに逆戻りするのか、分権的な構造で前進するのか岐路にたっていると思う。
実はこのような選択はITだけでなく、日本の国づくりのほとんど全ての分野が直面していることと言っていいのではないだろうか?例えば、2002年夏、ダム建設問題をめぐって長野県知事が不信任され、選挙で再選されるという事件が起ったが、これも単なる無駄な公共事業を切るという話ではないだろう。
むしろ、中央の資金と中央のノウハウに頼った大規模プロジェクトを東京の大企業が受注し、地元にノウハウもお金も残さずにただ地方の中央依存構造を強化する悪循環のみを残しているという地方の危機感を反映しているものと考えられる。
技術的な優劣の問題はあるが、山林整備などは、地元で取り組める方法には主導権を地域に取り戻す魅力がある。情報技術の文脈でかたるなら、同じようなことが地域情報化についても言える。中央の資金で、中央仕様のハードウエア先行型の整備を行っても機械は東京から来て、後からメンテナンスする人間も東京から派遣された人材で、東京レートの高給を必要とするので地方財政を圧迫するというようなことになりかねない。採用する技術の特性によって誰がプロジェクトのイニシアチブを取れるかに影響してくるところに注目していただきたい。
■分散型システムの連結でパワーを発揮
思い出そう。かつてパソコンは大型コンピューターを駆使してベトナム戦争を推進する中央政府に対して、個人が情報処理能力を持つ手段を提供するものとして登場してきた。一つ一つは大型機に劣っても、それが多くの個人に処理能力を与えることで全体として大きなパワーを発揮する。さらにインターネットは多くの独立した機械を横につなぎ、小さなユニットが連結することで大きな仕事ができることを証明した。
分散型の仕組みが万能であるというような議論を展開するつもりはない。治水のためにやはりダムでなければならない局面もあるのだろうと思う。
また、分散型のコンピューターシステムも社会が豊かで全員がパソコンを持つようなぜいたく(すなわちある意味で無駄)が許容されるから実現できるのだが、それが許されない局面も当然あるだろう。分散型システムが持つ無秩序も課題で、安全や知的所有権を守る観点から集中処理的な仕組みを併用した方がいい局面もあろう。
そのような現実をふまえつつあえて分散型の仕組みを主にすえたいのは、それが国民一人一人の能力とイニシアチブを引き出す構造を提供してくれるからである。自律の精神をいくら説いても実際に個人が動くことで世の中が少しでも変わる構造になっていなければ気力もわいてこない。逆に言うと今は中央のエリート官僚でさえ、でき上がったシステムのあまりの巨大さに無力感を持って、自分の担当している庭先を整えることくらいしかできないと思っている。小規模ながらローカルで動かせる仕組みを連結させる構造によって一人一人のイニシアチブが大きな社会的成果に結びつくようにしたい。