<今年の展望(1)>3つの目標モデル 國領 二郎 慶応大学教授
今年はどうやら大変な年になりそうだが、こんな時こそ転んでもただでは起き上がらない知恵と強さを持ちたい。同時多発テロ事件以降、世界はどちらに向かえばいいかよく分からずに暗中模索しているが、新しいモデルを造るチャンスは案外こんな時にある。1990年代英米型経済モデルのまねをするのではなく、ましてや1980年代日本の成功のノスタルジーに浸るのでもなく、今後50年、人間が直面するであろう問題に正面から向き合って、自ら解決をはかりつつ、そのノウハウが次の産業となるシナリオを考えたい。
情報技術の分野でも、あまりに早く来たブームはバブルとはじけたのかもしれないが、創造のプロセスはまだ始まったばかりである。新しいビジネスや社会のモデル構築を続けたい。それが21世紀型モデルの構築に必要だからだ。従来、コミュニケーションがボトルネックになって、非効率的なビジネスモデルを使わざるをえなかった分野に新しいモデルを入れたり、情報技術を使ってまったく新しい分野を切り拓いたりできる。今こそ、その力を使おう。
このシナリオを現実のものとするためにはいくつかの矛盾を解消しなければならない。抽象的な掛け声を具体的な動きにするためにも以下、いくつかの目標をあげ、情報技術がどのような形でこたえていけるかを考えてみよう。
経済発展と環境の矛盾を乗り越えるモデル
第一に開発したいのは、経済発展と環境の矛盾を乗り越えるモデルだろう。環境問題を破綻させないようにしながら世界から貧困をなくしたり、中国など大人口を擁する国の経済発展を迎え入れるためには、経済発展を環境に優しい形で実現する方法を確立しなければならない。情報技術は二通りの方法で環境に優しいシステムづくりに貢献しうる。一つは資源の効率使用だ。情報の非対称性などで無駄遣いされている資源をよりきめ細かな需給マッチングなどで解消し、資源を徹底的に有効活用していく。もう一つ、より注目したいのが情報技術によって「環境を守ることに貢献するほど貢献した人や企業への見返りが大きくなるビジネスモデルを可能にすること」だ。これにはいろいろなパターンが考えられるが、例えば製造業のサービス産業化などは候補だろう。同じモノでも売り切り制であるときには、新製品への需要を生むために適当なところで寿命がくるようなものづくりになりがちである。これに対して同じモノでもレンタル制とし、実質的に保守サービスで収益をあげるようにすると、供給者は壊れず、リサイクルできるものを作りたいと願うようになる。
ただし、これが成立するにはサービス提供者が出荷した無数の機器を管理できることが条件で、これまでは情報ニーズが大きく難しかった。ネットワークの出番はここで、全ての家電がネット化され、アドレスがふられるような時代になればレンタルしたマシンをリモート監視するなどといった形態が可能となってくる。情報技術によって壊れないものを作って、きちんと保守をしてリサイクルをすることが儲けにつながるビジネスモデルが出来る。
第二に情報を共有と経済的利害の矛盾を解消するモデルの開発である。この取り組みが緊急に必要なのが情報コンテンツ産業であろう。本格的なブロードバンド時代を目前に控えながら、どのようなビジネスモデルでコンテンツ産業を成立させればいいのか、まだ決定版が見当たらない。現在見られる取り組みには複製できないCDを作るなど、ネットの不正使用を防ぐものが目立って、積極的な利用戦略が見えてこない。本当にほしいのは次のように定義していいだろう。すなわち「ユーザーの手による複製がコンテンツ提供者の利益にも結びつくビジネスモデルが確立され、ブロードバンドやP2P技術のメリットを味方に引き入れる状態」である。
これが実現すればブロードバンドに対する需要は爆発的に大きくなり半導体などのハード不況なども吹き飛んでしまうだろう。そのような状態を実現するのが広告モデルの改良によるものなのか、私的な複製物からでも利用料がいただける課金技術の開発によるのか、はたまた投げ銭のような社会的な仕組みによるものなのかまだ見えないが、早期に実現したい。
情報共有について、今ひとつ取り組みたいのが組織の情報開示だ。日本の組織の隠蔽体質が自らの発展のためにも大きな問題であることは1990年代を通じて繰り返して見てきたところである。そのような問題が発生している一方で、情報は秘匿することを通じてのみ経済的な利益を生み出すという信仰もつよい。ここの矛盾を解消しなければ真の問題解決はないだろう。この問題の解決も「情報を積極的に開示することが組織の利益にもつながるモデルの確立」を通じて実現したい。注目すべきは世の中には積極的な情報開示をしている事例も見られることで、(1)メーカーなどで技術情報を開示することによって標準づくりのリーダーシップを確立したい場合、(2)流通などで顧客の信頼を獲得したい場合、(3)サービス産業などで稼動の平準化を行いたい場合、などがある。これらの分析を通じて公開することがメリットになるビジネスモデルが確立した暁にはネットが強力な味方として機能するであろう。
第三にほしいのが、分散的な社会システムの中で自由と安全の矛盾を解消するモデルである。同時多発テロ事件以来、ネット上における安全確保がネット上における自由を侵害しかねないものとして議論を呼んできた。また日本においてはネット上における風評被害が問題になってきたし、プライバシー保護的な観点からは事業者が進めつつある認証システムなどが電子商取引の安全を高める一方で、プライバシー保護や公正競争上に問題を引き起こす可能性が指摘されている。
ここで解くべき問題は「開放的で自律分散的なネットワークの持つ社会的・経済的メリットを維持しながら、安全を守る方法の開発」と定義していいだろう。このコラムの母体ともなっている専門家集団である日経デジタルコアにおいてこの問題を議論したときの結論として、きちんと自治の機能が動いていれば、重要な機能も分散している分散型ネットワークのほうが、限られた機能集約拠点が破られることで全てが崩壊しかねない集中処理型よりも安全なはずであるが、そのためにはユーザーコミュニティ全体の意識の高さが必須の条件であるということになった。特定の選良が全ての情報を集中させて意思決定を独占し彼らが安全を確保してくれるという旧来の思想から、市民が現場レベルで意思決定も安全確保もおこなっていく姿をぜひ実現したい。それが出来る社会だけが分散ネットワークが実現するイノベーションの連鎖という経済的な果実をも手に入れることができる。教育が国としての競争力の根幹にあることを再度認識したい。
三点ほどあげさせていただいた。ほかにも、「高齢社会になった時にでも経済的活力を維持するモデル」など大きな開発目標設定をいくつもすることができるであろう。いずれも簡単な問題ではないが、難しい分だけこれらの矛盾を解消する方法を開発できれば、その報酬は大きいものと思われる。環境問題にしても高齢化にしても、日本はアジアの中でもっとも早期にかつ急激かつ深刻に問題に直面しているわけだが、それを衰退の始まりと考えるのではなく、21世紀モデルの先進国になるチャンスとしてとらえたい。