電子商取引とビジネスモデル情報財の収益モデル
國領二郎
「情報価値の収益モデル」(2001),奥野正寛/池田信夫編著『情報化と経済システムの転換』,東洋経済新報社から抜粋
1.情報財と収益モデル
本章においては2000年度において國領研究室が行った電子商取引におけるビジネス・モデルの設計問題−特に情報価値の収益モデルの設計問題−の理論的な検討と、それをふまえた試行的な実証の結果について報告し、今後の検討に材料を提供したい。この分析を通じて浮かび上がってきたのは「提供価値」と「収益のドライバ」を分離して考えることの有用性である。
1.1 価値と収益
ネットワーク空間内の情報財には限界費用が極端に低いなど、物理空間における物財と大きく異なる性格があり、従来の物財型のビジネス・モデルが成立しない場合が多い。もっとも劇的な現象は従来有償だったものが、ネット上では無償化していく現象である。ソフトウエア、コンテンツなどを創作するには大きなコストがかかるが、現在のところネット上でそれを回収する収益モデルが見当たらないことが問題となっている。
もとよりビジネスの存在意義は価値生産の組織化であって価値生産のないところに収益は生まれないが、価値生産が行われるからといって、必ずそれに対する収益が生まれるとは限らない。現在、ネットビジネスの多くが多くの顧客の支持をうけてアクセス数は順調に伸びながら、利益をあげることが出来ずに苦しんでいる。これも価値を生みながら収益につながらない事例と考えてもいいだろう。このような現象は必ずしも新しいことではない。放送などの業界においては、番組という価値を消費者に提供しているが、番組から直接的に収益を得ずに広告など別のところから収益を得るというモデルが確立している。どこかで価値を生んでいれば、必ずしも直接的に提供している財に対する直接的な対価ではない商品を開発することができることを示している。
佐々木・北山(佐々木雄一、北山:2000)はリナックスなど貨幣インセンティブによらず、ネットワーク上のコミュニティによって情報財が開発され、それが後に商業的に収益を生み出すプロセスを(1)「編集価値」の生成プロセスと、(2)経済価値への変換プロセスと分けてモデル化を行った。非貨幣的なインセンティブによる情報価値(編集価値)の生成がネットワーク上のコミュニティ行われ、その成果物がビジネスの手によって貨幣的な価値(経済価値)に変換される。この分析はコミュニティとビジネスの連携の分析を目的にして行われたものであるが、価値の生成プロセスと経済価値変換(収益化)プロセスを分けて考えるという提案はより一般性のあるモデルに展開することが可能だ。すなわち情報財をめぐる経済活動を生成される価値と、その価値を収益に転化するにあたって訴求する収益ドライバに分けて考えるのである。
なお、本章においては単純化を行い、「価値」とは「ネットワーク上における情報サービスの利用者が利用を行う誘因」と定義する。「価値とは何か?」というのは本来もっと深遠なテーマであるし、特に情報ネットワーク上における価値というのは、それだけで大きな研究テーマとなるものだろう。採用した定義はそのような複雑性を理解した上で、実証研究に結びつけるために、あえて単純化した定義を行うものである。同様に「収益ドライバ」は「情報サービスを提供する主体が課金を行う対象およびその単位」と定義する。このように定義すると、コンテンツ開発の費用をダウンロード一回あたりxx円と課金するモデルは、「提供価値:コンテンツ、収益ドライバ:ダウンロードサービスのコピー単位課金」ということになる。
1.2 経済空間としてのネットワーク
議論を先に進める前に経済空間としてのネットワーク、そしてその中に流れる情報財の基本的な特性について整理しておこう。
上述の通り、ネットワーク空間上においては既に存在する情報を複製し、追加一単位供給する限界費用が極端に低い。特に自分のサーバから情報を取得することだけでなく、第三者による複製を許容すれば、基本的に限界費用ゼロで供給することが可能となる。この特性がネットワーク上のビジネス・モデルのあり方に大きな影響を与える。(Shapiro,
Varian:1998; 國領:1999)限界費用がゼロである場合には市場価格がゼロになっていくのは自然の成り行きともいえる。
<中略>
これらの属性はともに情報財に物財では大変良好に機能した、商品一単位の物理的占有権と貨幣を交換するというビジネス・モデルを成立しにくくしている。情報財もCDなど物理的媒体によって運ばれている間は(1)コンテンツを凍結(中身を固定化)させ、(2)凍結された状態で同じものを大量に複製しつつ、(3)知的所有権やコピー防護技術で各コピーに排他的所有権を設定しパッケージ化し、(4)一パッケージいくらといった価格を付け、販売する方式(ここではこれを凍結パッケージ型モデルと呼ぶ)が成立した。ところがコンピューターネットワークの中で凍結パッケージ型ビジネス・モデルを押し通そうとすると、ネットワークの持つ、情報を安価かつ大量に複製して流通させる機能をみすみす放棄することを求めなければならない。
この状況を踏まえて問題となるのが対応方法で、大きく言って(a)著作権や複製防護方式の改善によって何とか凍結パッケージ型ビジネス・モデルを維持してコピーと貨幣を交換する方式にこだわる考え方と、(b)コピーと貨幣を交換する以外の収益モデルを開発しようという考え方の二つに分かれる。(b)に具体的にどのようなものがありえるかを検討・体系化し、実証研究に結びつけられるようなフレームワークを導きだそうというのが本章の目的ということになる。
2.ビジネス・モデルの視点
収益モデルはビジネス・モデルの一部であって、ビジネス・モデル全体のデザインを無視して収益モデルを語るわけにいかない。そこで情報財の収益モデルの検討に入る前にビジネス・モデルの考え方についておさえておこう。ここでビジネス・モデルとは経済活動において(1)どんな価値を提供するか、(2)その価値をどのように価値を提供するか、(3)提供するにあたって必要な経営資源をどのように集めるか、そして(4)提供した価値に対してどのような形態で対価を得るか(収益モデル)という四つの課題に対するビジネスの設計思想であると定義しておこう。
<中略>
以下、ビジネス・モデルの四つの設計要素と収益モデルとの関係について概観しておこう。
2.1 提供価値
<中略>
2.2 提供メカニズム
価値の生産・提供メカニズムの設計のことである。より実務的にはサプライチェーンの設計問題と認識しても良い。パーソナル・コンピュータ業界においてデルは見込み生産が常識であった業界に受注生産方式を導入し競争のあり方を大きく変えた。中間流通を廃して工場から顧客に直接発送することによって、中間在庫を圧縮しただけでなく、流通のスピードをあげることによって陳腐化の激しい製品が値崩れを起こす前に販売するシステムを作り上げて高い利益率を達成した。(デル、M:1999)
提供メカニズムの分析は分業体系の設計問題としてとらえることができる。提供プロセスにおけるさまざまな機能をいかに複数の経済主体によって分担し、どのように主体間の調整を行うかを設計するのである。このようにとらえた時、収益モデルは支払いの関係として把握することができるようになる。
図1: 電子取引をめぐる支払い関係
図1はホームページを使って物販を行う場合の支払い関係の3パターンを示している。ここではやや単純化して商品を販売する物販業者、ホームページへのアクセスを確保するISP、通信インフラストラクチャを提供する通信事業者の三種類の事業者が消費者にサービスを提供している図とした。パターン1は消費者が直接全ての事業者にサービスの対価を支払うパターンである。パターン2は消費者が無料ISPを利用しているような状況である。ISPは物販事業者などが販売によって得た収益の分配を広告料などの形で川上から得て消費者からは料金を取らない。通信料金は消費者が直接通信事業者に支払う。パターン2の傾向がさらに進行するとパターン3のような形が増えてくることが予想される。すなわちISPサービスだけでなく、通信料金も商品販売の収入からまかなわれるパターンである。これは駅から少し離れたデパートが駅まで無料の送迎バスを運行するのと同じ原理である。個人消費支出の方が通信産業の売上よりもはるかに大きいことを考えると、通信が完全に無料になることも夢ではないことを意味している。
2.3 インセンティブ・モデル
ビジネスを営むためには、必要な人的、物的経営資源を調達する必要になる。それをどのように調達するか、というのがインセンティブ・モデルの主要な課題である。情報財についてインセンティブの問題が重要なのは、情報については従来の労働や物質の提供に対して貨幣で対価を支払うというモデル以外のものが使われることがあるからである。
代表的なものは無償ソフトウエアであろう。リナックスなどの開発に参加する技術者が完全に利他的な精神のもとで行動しているか、名誉、満足感など利己的な目的で行動しているのか議論が分かれるところであるが、そのいずれであっても、結果として無償で労働が提供され価値のあるソフトウエアが生産されている。このモデルに大きな魅力が出るのは、オープンソースと組み合わされた時である。ソフトウエアに排他的所有権を設定して有償で販売しようとすると、ソースコードを秘匿しなければならないが、ソフトウエアの改善やシステムダウンした時の原因特定のためには誰でもがソースコードを参照できる状態があることが望ましい。ソフトウエアの提供のインセンティブを非貨幣的なものとすればソースコードを秘匿しないですむという大きな利点がある。
非貨幣的な情報価値提供で注目すべきはインターネット上などで消費者が発信する情報だ。典型的な例がコンピュータユーザ間に見られる助け合いの現象である。使い方が分からなかったり、問題を解決をしたいなどの場合、メーカーに問い合わせるよりも他のユーザに聞いた方が的確なアドバイスが返ってくる場合が多い。ユーザコミュニティなどに質問を投げると全く未知の人が答えてくれたりする場合も多い。このような顧客が発信する情報を組織化するサイトもできており、「旅の窓口」は顧客の投稿情報を提供することによって他の顧客に宿泊先選択に利便を提供して成功した事例として有名である。このようにネットワークでは顧客側が発信する情報が重要なコンテンツとなる場合が多い。営利的なサービスを提供しているサイトに対して顧客が無償で商品を提供している形態である。このような場合、顧客が情報提供を行おうと思うインセンティブをいかに維持するかが大きな課題となる。
インセンティブ・モデルの設計は収益モデルの設計と独立ではない。特に問題となるのは非貨幣的なインセンティブによって価値の生産が成立している場合、収益モデルの設計を間違えるとインセンティブを破壊してしまいかねない。上述の顧客が発信するコメントが利用の大きな誘引になっているサイトの場合、顧客は他の顧客との相互扶助を行っていることの満足感をインセンティブとして情報提供を行っている場合が多い。このような時に場を提供しているビジネス側がその善意をあからさまに自分の利益に結びつけようとしていると思われてしまうと顧客は逃げていってしまう。このことを反映して、消費者発信情報をコンテンツとするサイトは消費者に対しては無償で提供され、収益はそのサイトを経由し顧客を獲得する事業者側から得ている場合が多い。
2.4 収益モデル
<中略>
3.情報サービスの収益モデル
前節まで検討したように、情報サービスの収益モデルについては、その不確実性の高さからどのような形で分類すればいいか方法論が確立していないのが現状である。しかしながら分類もできなくては実態を把握することもできないし、日米比較などを行うこともできない。そこで國領研究室では2000年度において実証研究の基盤となる分類フレームワークの開発に取り組み、試行的にデータに適用してその有用性を確かめる作業を行った。[1] 作業はまず収益モデルを体系的に分類する試みから始まった。分類にあたっての二つの軸が特定された。すなわち(1)希少性と、(2)支払い主体、である。
3.1 収益を帰着させる希少性
この軸は「収益はなんらかの希少性に必ず依拠している」という認識のもとに収益モデルを「何の希少性に依拠しているか」という基準で分類しようというものである。
希少性に着目するきっかけとなったのが、佐々木・北山の情報価値についての分類方法である。(佐々木・北山著、國領監修:2000)佐々木・北山は価値を希少性に依拠するものと、希少性に依拠しないものとに分け、希少性に依拠する経済活動は貨幣によって調整され、希少性に依拠しないものは非貨幣的な原理によって組織化されるとする。[2] さらに希少性をどこに設定するかという視点で分類を行い、情報を直接希少にする(本来は希少ではないが、複製防護などで行う)場合と情報を物理媒体とバンドルすることによって物理媒体の希少性に依拠させる場合とに分けている。結果としてできるのが次のような分類である。
図2 佐々木・北山による情報価値モデル
このモデルは収益モデルを説明するためではなく、ネットワークに存在する非営利的なコミュニティとビジネスがいかに役割分担を行い、共栄できるかという問題意識で作られたものである。佐々木・北山モデルは市場経済は希少性を前提としている経済活動には適しているが、希少性が存在しないところではうまく機能しないと説明する。そこで後者についてはリナックスなどに見られるコミュニティの原理が有効ということになる。佐々木・北山はコミュニティは情報が共有し結合することによって貨幣的交換では得られない「編集価値」を生むとしている。そしてコミュニティによって生み出された編集価値がビジネスによって再度希少性に依拠する経済価値に変換され、コミュニティにフィードバックされるプロセスをコミュニティとビジネスのアライアンス−コミュニティアライアンス−と呼んでいる。
佐々木・北山モデルは価値の源泉を分類するために開発されたもので、本章がめざしている収益モデルの分類に適用する場合には若干の修正が必要だ。希少性という視点を援用しながら、収益モデルに再整理しなくてはならない。
今回、採用したのは「収益を何の希少性に帰着させているか」という視点である。提供にあたって対価を取る希少性のある財・サービスの種別によって分類を行おうという発想である。これには大きくわけて三通りあると考えられる。
(1)
擬似物財化型 :複製防止をほどこして情報そのものに希少性を持たせる。
(2)
物財帰着型 :情報提供することで物財の販売を促進し、物財から情報提供のコストを回収する方法。物財の希少性に帰着させる。
(3)
サービス帰着型:情報でサービスの販売を促進し、サービス収入から情報提供のコストを回収する方法。サービス提供容量の希少性に帰着させる。
3.2 支払い主体の軸
今回採用した今ひとつの軸が支払い方向に関する分類軸である。2.2項で見た通り、ビジネスが営利目的で情報提供を行う場合でも、そのコストを直接的に情報の受け手からとるとは限らない。
現実の費用負担の関係にはさまざまなパターンがありえて複雑なモデルを構築することが可能であるが、あまり細かいモデルを作っても実証分析を行う際にデータが取れない。そこで今回は単純に次の二通りの場合分けを行った。
(a)情報提供の費用を受信者が支払う料金から回収するモデル
(b)情報提供の費用を受信者以外で情報発信がなされることによって利益を売る主体から得る収益で回収するモデル
3.3 実証研究用フレームワーク
以上の検討をとりまとめて開発したのが図3の分類モデルである。インターネット上で情報発信する費用をどのような収益によってまかなっているかを、まず支払い主体によってモデルを大きく二つに分類し、それぞれについて何の希少性に帰着させて収益を得ているかという視点でさらに分解して把握しようという提案である。以下それぞれのカテゴリにどのようなビジネス・モデルが分類されるかを説明していこう。
<情報の受け手からいただくモデル>
疑似物財型:情報に課金をし、情報そのものをあたかも物財のように売買するビジネス・モデルである。たとえば、デジタル財の販売、ニュースなどの購読、調査機関の研究成果や特殊な情報を、費用を払って得ること等があげられる。
物財帰着型:情報の公開が物財の売買に繋がり、それによって収入を得るモデルである。一番一般的なものが、物品販売である。さらに、売り手と買い手を結びつけ、取引きを成立させてから、手数料を徴収するモデルがある。また、ショッピングサイトを運営し、サイトにアクセスする消費者から会費を徴収するモデルもある。
サービス帰着型:情報の公開がサービスの売買に繋がり、それによって収入を得るモデルである。サービスそのものの提供を行うことを始めとし、サービスの仲介をし手数料を徴収するモデル、オークションサイトを運営し、オークションに参加する買い手から会費を徴収するモデルがある。また、オンラインサービス、コミュニティーサイト、情報サイトを運営し、会費をとるモデルもある。
<情報の受け手以外から収益を得るモデル>
物財帰着型:情報の公開が物財の売買に繋がり、それによって収入を得るモデルである。商品の情報を公開しそれが販売に繋がった際に徴収する仲介手数料、ショッピングサイトへの出店手数料があげられる。
サービス帰着型:情報の公開がサービスの売買に繋がり、それによって収入を得るモデルである。列車や飛行機、ホテルや旅館の予約手数料、また保険などの金融サービス仲介や、オークションサイトへの出店手数料、情報サイトへ情報提供する際の会費などがあげられる。また、他社からの広告を載せて徴収した広告料やライセンス料でサイトを運営することも、サービス帰着型ビジネスモデルの範疇にはいる。その他、特定の会社に対する業務の代行をウェブ上で行うモデルもある。最近は、積極的に情報を提供して代わりに顧客のデータベースを作成し、次のビジネスに結び付けるモデルも顕著である。
3.3 モデルの実証への適用
以上の理論的な分析から導かれたモデルの有益さを検証するために、既存のビジネス・モデルのデータベースを使って分類を行い、どんな知見が得られるかの分析を行った。採用したのは電子商取引実証推進議会が平成11年度に採取、分析した、日米の成功ECサイトを上記のビジネス・モデルである。ここではホームページを開設していること自体が情報提供を行っている行為とみなし、そのサイトがホームページを持つことによっていかなる収益をあげているかを電子商取引実証推進議会による事業の説明記述をもとに分析、分類した。サンプルとなるECサイトは、日本国内成功100サイト、米国成功40サイトである。国内成功100サイトは、マクロ無作為アンケート調査の収集サンプル243から上位パフォーマンスサイトを抽出すると共に、ECコンテスト上位入賞サイトを加えたものである。また米国成功40サイトは、調査対象抽出に際し、成功評価の基準を設定し、注目される調査対象候補サイトの評価作業を行って、評点の上位より対象サイトを選定している。
<以下略>
注
[1]
本研究は國領研究室の福永美夏・東勢津子の協力で行ったものである。
[2]
この二つの世界は相互に隔絶するのではなく、バリューコンパイリングというプロセスでつながれているとしている。