ネットワーク時代における協働の組織化について

國領二郎(慶應義塾大学ビジネススクール)

http://www.kbs.keio.ac.jp/kokuryolab

1.協働の場としてのネットワーク

インターネット利用者が2000万人を超え、日本にも本格的なネットワーク時代が到来した。当初用途が学術に限定されていたインターネットが1993年に商用開放されると、爆発的な勢いで経済活動への活用が広まった。携帯端末を経由した利用の拡大もめざましい。

ネットワークが単なる新しいサービスの登場という以上のインパクトを持つのは、それが組織内外を問わずより広い範囲に存在する多様な情報を結集し、結合させることによって価値を生む協働空間を提供しているからだ。インターネットは全ての人間に全世界への情報発信をするチャンスを与えてくれる点でこれまでの情報技術とも比べても異質だ。テレビなどの既存メディアは既により多くの人間が中央に存在する情報を受信するコストを下げた。集中処理型のコンピュータは末端にある情報を一ヶ所に集めて加工し、結果をまた末端に伝達する。これらは1xNの階層型情報処理であり、水平的な情報伝達はない。これに対してインターネットは末端にいる人間が世界中に情報発信を行うコストを劇的に下げることによって、NxNのメディア1を実現する。NxNメディアはいままで巡り会うことのなかった知性を接触させ、相互作用を促すことによって大きな力を生み出す。

より多くの人間が情報の編集作業に参加する機会を与える面も大きい。これまで中央にいる人間しかアクセスできなかった情報を、組織のどこにいる人間でも得て、編集し、再び世界中に発信することができる。社会の片隅にある、ほとんどの人にとっては意味のない情報が、物理的には遠く離れていても関心を共有する人にとっては大きな意味を持つことがある。より多くの視点から見ることで、孤立していた情報に意味を見出し、関連した情報と結合させて新たな価値を生みだす。これが分散的な情報処理の意義だ。

少し広く社会的に考えると、高齢化が進む日本にとってこのタイミングでネットワークが広がってきたことは大いなる幸運というべきだろう。ネットワークによって在宅ワークなどが可能になれば、高齢者の方々や子育て中の女性など、これまで分断・孤立しているがゆえに必ずしも能力をフルに発揮していただけなかった方々に経済の中心的な担い手として前線にたっていただくことができる。

しかし単にコンピュータ・ネットワークがあるだけでそのような分断され、孤立している知性がつながるわけではない。関連付けもなされず、整理もされていなければネットワークは単に雑音を大量生産するだけで何の価値も生まない。そこには明確な協働組織化の努力とマネジメントがなければならない。協働が成立するためにはことばや信頼がメンバー間で共有されていなければいけないし、参加者の貢献と誘因の構造を設計しなければならない。その意味でネットワークというのはどんなに可能性があっても単なる情報を運ぶ道具であって、潜在的な可能性を引き出すかどうかは協働の組織化を上手にできるか否かにかかっている。そこで以下では、ネットワークというテーマをその上における協働の組織化のメカニズムを物理空間における組織化メカニズムとの違いを対比することによって浮き彫りにしてみたい。いくつかの重要な側面でネットワーク空間には物理空間と異なる特性があって、協働構造に影響を与えている。結果としてこれまでの常識では想定しにくい現象が起こっている。

2.市場メカニズムの変調

組織論の世界では経済活動にかかわる協働の調整の問題を市場によるものと企業によるものとに二分して考えることが多かったが、ネットワークを活動の中心とすると、そのどちらもがネットワークの特性に合致するように変化しているように見える。さらにはそのどちらにも属さない共同体(コミュニティ)やそれに立脚するNPOのような組織体の経済に果たす役割が拡大しつつある。そこで本項以下、ネットワークが市場や企業にいかなる影響を与え、新しい原理がどのように広がりつつあるかを「協働の組織化」という共通の視点で考えてみたい。まず本項では市場(価格)メカニズムによる社会的な協働の調整の変調とコミュニティによる代替的な協働組織化メカニズムについて論じてみよう。

2.1 二つの世界

価格メカニズムという視点にたった時、ネットワーク上には極端に異なる二つの世界が同時に発展していることに気づく。一方にあるのは冷酷ともいうべき市場原理の貫徹である。情報ネットワーク上をグローバル化するマネーが利潤を最大してくれる投資先を求めて流れ、遊休資産や余剰人員を抱えている企業などがあったら情け容赦なく乗っ取り、解体し、より高い利潤を出せる企業への売却を促す。資金の一部は幼少期のネットベンチャーにも流れ株の乱高下を演出する。

価格メカニズムの貫徹がある一方で、逆に従来の価格メカニズムが働かない領域がネットワーク経済の中で広がっているところが面白い。その象徴として無償のソフトウエアや情報がネット上に多く存在することがあげられる。コンピュータ・ネットワーク上で提供される電子的な財やサービスにはその生成に多くのコストがかかり、商業的な価値を持っている場合がほとんどであるにもかかわらず、無償で提供されることが多い。ホームページ上で提供されている膨大な情報を見るだけで、ネットワーク上に無償デジタル財が大きくなっている現象が存在すること自体は誰しも認めることであろう。2

 このように矛盾する二つの現象はネットワークの二面性を反映している。一面でネットワークは情報流通のコストを下げることによって市場原理を働きやすくしている。世界中で何がいくらで売られているかといった情報が瞬時のうちに集められ、グローバルな取引の対象とされていく。ところがもう一面で情報そのものは価格メカニズムになじまない性格を持っている。すなわち、情報には(1)追加一単位生産して配布するコストが限りなくゼロに近づきつつある、(2)他者に伝達しても自分のてもとにも残る、(3)共有して他者の持つ別の情報と組み合わせることで価値が高まる、(4)同じ情報をより多くの人間が持つことで価値が高まる、などなど物財にはない特性がある。これらの特性が全ては市場メカニズムとの相性が悪い。価格メカニズムが機能するためには(イ)排他的所有権が成立する、(ロ)供給量が増えるにしたがって収穫が逓減するという前提が必要なのだが、情報についてはどちらもあてはまらない。物財を中心とした経済では大変うまく機能した、価格をシグナルとして需要と供給を最適な点に調整するというメカニズムがうまく動かないのだ。さらには情報を排他的に所有(すなわち秘匿する)しようとすると、情報共有したり他の情報と結合させて価値を増大させる機会を奪ってしまう。

2.2 コミュニティによる市場の代替

 ソフトウエアの世界で価格メカニズムによらない無償奉仕による基本ソフト作成が行われた有名な事例がリナックスである。リナックスとはLinus B. Torvalds氏がパソコン用の基本ソフト(カーネル部分)を自分で作成し書いたソースコードをインターネット上のニューズグループに公開してメーリングリストのメンバーとのネット上の意見交換をもとに、どんどん改良を加えていったものである。一握りの中核メンバーと大人数の支援者がネットワークで意見交換しながら、短期間に改良版をどんどん出すことによって進化していく構造になっている。リナックスには(1)ソースコードが公開されていること(2)多くの人間が開発に参加するいわゆるバザール構造で開発をすること3(3)無償で使用できることの三つの特徴がある。これは従来の商業ソフトウエアビジネスが(ア)ソースコードを秘匿し、(ロ)企業内で秘密裏に開発を進め、(ハ)著作権を根拠に知的所有権を主張して対価を取る、といった全く逆の手法でビジネスとして成立してきたのと180度異なる。(1)〜(3)は別々の特性ではあるが、多くの人間に貢献してもらうためにはソースコードが公開されていないとできず、コアメンバーも金銭的な利得を得ているわけではないということで、より多くの人間が参加する心理になるという意味でお互いに関連し合っている。

リナックスのモデルが魅力的なのは基本ソフトのような必需品でありながら、ネットワークの外部性(より多くの人が使うことで利用価値が高まること)があって、独占的になりやすいインフラ的ソフトウエア供給の望ましい形態と見えるからである。マイクロソフトに代表される商業的なソフトウエアベンダが提供する基本ソフトはコンピュータ一台あたりいくら、といった料金設定がなされ、その収入の仕組みを守るために技術的、法的な対策が幾重にもほどこされている。技術的防護の一つがソースコードの非公開である。ソースコードの非公開は基本ソフトメーカーがユーザのフィードバックを受け難いという問題以外に、基本ソフトと他社製品を組み合わせてトラブルが起こった時に、どこに問題があるかを探しにくいという問題がある。中が見えないので、問題が機械にあるのか、応用ソフトなのか、基本ソフトにあるのか、それらの複合なのか分からない。公開され、無償で共有されることのメリットは大きい。このような社会的な共有と公開が望ましいと多くの技術者が思う分野については奉仕的な貢献がおこりやすい。それが存在することで業界が活性化し、最終的には自分の利益にもなると思えるからだ。多くの技術者が奉仕的に時間を割いて貢献している姿がそこにある。

 リナックスのようにうまくいく例ばかりではない。排他的な所有の世界と、共同所有の世界は時々正面衝突する。例えばいま(2000年8月)音楽業界は大騒ぎの最中だ。米国の一部店舗で音楽CDの売上が落ち始めているというニュースが流れている。ネットワーク上で個人同士がお互いのハードディスクを開放し合うシステムが誕生し、個人鑑賞用にデジタル化された情報を社会的に共有する仕組みが出来上がりつつある影響だと言われている。この問題は単なる海賊版の横行ということでかたづけられない。対立の根は排他所有に立脚した貨幣経済の原理をネット上でも再現しようとすると、ネットの最も画期的な特性である、情報を極小コストで複製し、世界中の人間と共有できるという機能を意図的に制限することが必要になってしまうところにある。ネットワークの技術的な可能性を追求してきた人間達にとって、その最も優れた特性を人工的なルールで封じ込められてしまったり、違法だと追求されたりするのは全く心外だということになる。

むろん海賊版が広く流布すると、今度は音楽などを作り出すアーティストたちなどの生活の問題になってしまう。リナックスの場合に奉仕的な協働が成立したのは、メンバーに別途収入源があり、リナックスのような基本ソフトが存在することが、メンバーコミュニティ全体の利益につながるという理解があったからと考えられる。音楽や映画の場合、少なくとも今のところは無料でコピーされてしまうと、制作に対するインセンティブも失われてしまうし、費用も回収できない。

2.3 市場原理の限界

 価格メカニズムが情報価値を生み出す協働の調整メカニズムとしてうまく機能しないという現実の中で、我々はいかにして情報社会における協働の誘因と貢献の構造を作っていくかという課題に直面している。従来であれば市場で解決できない問題は企業組織でという発想になるのだが、活動に対して収益が計上できないという問題にたいしては企業も対処しにくい。インターネットビジネスに赤字でありながら、株価が高くなるという現象が見られた。この現象は現在収益につながっていなくとも、生産している価値は大きいので、何らかの形で生産している価値の内部化に成功すれば高収益企業になるだろうという期待感からだと考えられる。しかしまだその具体的な方法論は確立していない。

3.ネットワーク時代の企業組織

企業組織による協働調整メカニズムもネットワークの持つ潜在的な力を活用できるか否か、その力量が問われている。ここでも潜在的な可能性は今までよりも広い範囲で情報共有が可能となり、多様な人間の知恵を接触させ相互作用を起こすことだ。社内だけでなく、社外とのコミュニケーションもはかりやすくなり、組織の構成員が外部との接触で生み出した価値を企業内に取り込むこともやりやすくなっている。

可能性がある反面で、その可能性を現実のものとするのは簡単な話ではない。今日の高度に発達した構造を持つ製品を消費者に責任を持って届ける仕事は極めて複雑だ。膨大な数の部品や組織があって、それが相互依存性の網を形成している。ある部分で設計変更がおこるたびに相互依存性の網をたどって他を調整し、全体を整合性のある状態に保たなければならない。このようにただでさえ複雑で困難な調整作業の上に社内外の多様な情報を取り込めと言ってもパンクしてしまう。

 このような複雑性に対処しつつ多様な知恵の結合に成功したのが、情報システム業界におけるオープン・アーキテクチャの思想である。オープン・アーキテクチャとは、本来複雑な機能を持つ製品やビジネス・プロセスをある設計思想(ア−キテクチャ)に基づいて独立性の高い単位(モジュール)に分解し、モジュール間を社会的に共有されたオープンなインターフェースでつなぐことによって汎用性をもたせ、多様な主体の発信する情報を結合させる構造のことだ。

オープン・アーキテクチャを理解するにはまずモジュール化の概念の理解が必要だ。4モジュール化とは大きな全体システムを明示的に定義されたインターフェースによって、相互依存性が明確に定義された下位システムに分解し、下位システムを独立的に設計することを可能にする手法である。理論的にはモジュール化とは複雑化するシステムを設計するにあたって、希少資源となる人間の認知能力を節約するために階層化を行って対処する手法であると考えられる。5大きく複雑なシステムを管理のしやすい下位システムに分けつつ、インターフェースを明示化し安定させることによって下位システムを独立的に設計、運用できるようにする。システムが高度化、知識集約化するにつれて、モジュール化を行う必要性は高まってくると言える。特に今日のコンピュータネットワークのように広域で大規模かつ複雑なシステムを運用しようとするとモジュール化なしには考えられなくなってくる。

  オープン・アーキテクチャはモジュール型の一類型と位置付けられる。これはモジュール間を結ぶインターフェースが特定の会社の製品間だけでなく、ひろく社会的に公開され、広く共有されて数多くの企業の製品が自由に結合できる状態になったもののことである。(図1)

オープン・アーキテクチャを理解することが重要なのはそれに社会としての創造性を高める効果があるからだ。インターネットはオープン・アーキテクチャの採用によって、独立した会社を開発した製品がどんどん結合していける社会的な仕組みを作った。それぞれの会社がシステム全体を開発することに伴う大規模な投資を避け、自社が真に付加価値をつける部分にのみ集中する。集中することで焦点の絞れた機動的なマーケティングも可能となる。小さく立ち上げ、うまく当たって自社製品をデファクト・スタンダード化することに成功すると、世界中のシステムに不可欠なモジュールを提供する大企業に急激に成り上がる、というプロセスだ。

インターネットそのものが、オープン・アーキテクチャのメカニズムを体現している。オープン化がなされていなかった電話の時代、ネットワークに機能を追加するためには電話会社が奥の院で長年計画し、階層的な意思決定プロセスを経てやっと実施が決まり、何年もかけて実用化されるというような手順をふまなくてはならなかった。ところがインターネットはオープン・アーキテクチャを採用していることで、個人が発案し、開発したサービスを小さなコンピュータに入れて情報コンセントに差し込むだけで、機能が向上していく。大会社の中では突飛とみなされチャンスを与えられないアイディアにチャンスを与えうるのがオープン・アーキテクチャである。

インターネットに刺激されて、オープン化は情報産業を越えて、広く見られるトレンドであるとの主張も見られるようになってきている。6しかしながら、オープン化が必ずしも万能ではないこともきちんと認識しておくといいだろう。大きな問題は、オープン・アーキテクチャの前提となっているモジュール化が最適な全体システムの設計には必ずしも結びつかないことだ。各モジュールを設計する組織がお互いの連携なく、勝手に開発を進めることで、全体として非常に無駄の多い仕組みを作ってしまう場合が多い。逆に言うと、モジュール化が有効なのはシステム全体の中に無駄にしていい余剰能力がある場合である。

これをシステムの統合度という概念で説明することができる。7統合度とはシステム設計をする上で各部位間の設計が他に及ぼす影響の大きさのことである。システムに無駄がないということは、そのシステムを構成する各部位の相互依存性が高いということで統合度が高まることを意味している。システムの中どこかに余剰な能力を作り込まないと事前に確定されたインターフェースを部品間に持たせることは不可能であり、各部分の設計を担当する組織の密接な調整が必要となる。統合度の高い商品には乗用自動車やミニチュアサイズの家電製品などがあり、日本の得意領域であると言ってよかろう。1980年代の日本の製造業は米国のモジュール的な発想を否定し、統合度の高い商品を統合度の高い組織で作ってきたモデルと解釈できる。

これを「リーン生産方式」と「モジュール方式」の対立の構図としてとらえることも可能であろう。日本企業は石油危機に対応するために製品からも生産プロセスからも徹底的に無駄を排除するリーン生産方式を採用し、成功してきた。リーン生産方式を採用するとシステム全体を徹底的に最適化してバランスよく、無駄のない製品を作らなくてはならないため、必然的に統合度を高くなる。そしてそれをこなすために部門間の調整能力を高める終身雇用や長期的取引関係などを採用する。これに対してモジュール方式においては無駄を許容することで大きなシステムをサブシステムに分けて、サブシステムを独立的に設計する自由度を与える。人間の創造性を高める効果を持つが、資源の最適配分という意味では問題がある。

1990年代において日本がオープン・アーキテクチャの採用で大きな遅れをとってしまったのは、1970年以来に日本を成功へと導いたリーン生産システムの思想とモジュール化の思想が相容れなかったからだと考えられる。情報産業など、一部の業界において日本優位の状況が変わってきたのは1980年代後半で、情報処理能力が飛躍的に拡大して、記憶媒体や情報処理能力が無駄遣いしてもよいものとなり、同じモジュール化の中でもより資源の無駄遣いの度合いが高いオープン型が採用できるようになってきたからだと考えられる。クローズド・アーキテクチャの間は日本のリーン生産方式に対してあまり力を持ち得てこなかったモジュール化だが、インターフェースに社会的に共有されるものが用いられるようになり、多くの会社の多様な知恵が加速度的に結合する構造が生まれた時にその創造性の高さとスピードが統合型を凌駕するようになってきた。

 一長一短のあるリーンとモジュールを超えるものがあるとすると「進化するアーキテクチャ」という考え方であろう。モジュール方式の問題である資源の無駄遣いはアーキテクチャを固定させなくてはいけないというニーズから発生している。長期間にわたってアーキテクチャを固定すると、その分だけ各サブシステム設計の自律性は高まるが、その分だけより大きな余裕を作りこまなくてはならない。この無駄を少しでも減らすためには各サブシステム間の役割分担と相互作用する場合のインターフェース(すなわちアーキテクチャ)を従来よりも早いサイクルで見直していくことだ。これを社会的に公開されたオープンな形でできればいい。インターネットの標準化を行っているIETF(internet engineering task force)は現在これにもっとも近いことを行っている組織体であると考えられる。公開されたメーリングリスト上で継続的にインターネットで用いる標準の改善方法が話し合われ、その中で最も良い提案が他の支持を得て実装され標準となっていく。これまで社内でしかできないと思われてきたプログラム間連携と全体システムの最適化に向けた努力などが、開かれた組織体によって進められていく。

4.市場対組織を超えて:協働のプラットフォーム

市場の側では価格メカニズムが機能しない領域がふえて非貨幣的な誘因による組織化が増える。企業の側ではモジュール化、オープン化によって企業をまたがる経営資源の結合が増えて企業の境界線がぼやけてくる。このような状況の下では少なくともネットワーク上に展開される協働構造の記述にあたっては、市場対組織という二分法では協働の構造についての有効な分析はできないと思われる。全てをいったん「組織化された協働」ととらえなおして新たな分析単位を探索するところから始めないといけないのだろう。

一つのアプローチがプラットフォームの概念だ。ここでプラットフォームとは第三者間の協働を促進する存在のことと定義できる。8  たとえばクレジットカード会社はそのサービスを通じて、カード会社が存在しなければ実現しなかったであろう見知らぬ主体間の取引を可能にする。企業というのも所属する主体間での協働を行いやすくするプラットフォームだと考えることができる。すなわち市場も企業も同じプラットフォームという概念の中で考えることができる。

 協働を成立させるプラットフォームにはさまざまな機能が要求されるが、大きく分類すると「ことばの共有(潜在的な協働のパートナー間でことばが共有されている状態を維持する機能)」、「信頼の共有(潜在的な協働のパートナー間に信頼を成立させる機能)」「誘因と貢献(潜在的な協働パートナーが協働を行いやすくするための誘因と貢献の構造提供)」の三つがあげられる。展開してみよう。

第一はことばの共有である。ネットワーク上で多様な主体が接触しても、ことばが共有されていないと知恵を結合させることはできない。たとえば同じ「発注」ということばにしても、キャンセルについての条件が厳しい時と、キャンセル自由の場合では実質的には全く意味が違う。地域をまたがって協働を行おうとする場合には表面的に同じことばが違う意味で使われているようなことがあると大変に危険だ。協働に参画するメンバーの間で(1)語彙、(2)文法、(3)文脈、(4)規範などを共有されるようにする仕事は組織化を行う上で極めて重要な作業となる。これを広域に存在するメンバー間で共有されている状態を維持するのは組織化を行う上での第一歩である。

第二は信頼である。現実のネットワークビジネスの問題を取材していると、いかに信頼関係を構築できるか、という点が大きな課題としてクローズアップされている場合が多い。たとえ魅力的な商品がホームページに出されていても、品質、納期などで相手が信用できなければ取引は成立しない。ネット上で調達システムを構築して今までより開かれたベンダー政策を取ろうと思っても、新しいベンダーがどれくらいの技術を持っていて、どれくらい納期をきちんと守るかなどについて安心ができなければ怖くてとても注文は出せない。過去の活動評価の蓄積などを行うことによってネットワーク上で信頼関係を構築しやすい環境を提供することがここでの課題だ。

第三は誘因と貢献の問題である。これは無償デジタル財のところで論じた通りだが、ネットワーク上で広く多様な参加者に協働してもらおうとすると、誰がどのような形で貢献を行い、その貢献を引き出すためにどのような誘因を提供すればいいか、仕組みづくりが問題となる。難しいことを言わずに社内のことだけ考えても、情報を秘匿することでライバルに対する優位を築くようなカルチャーがある会社の中では、いかに情報共有のメリットを説いてもうまくいかない。誘因の構造を上手に設計して協働への貢献を引き出す構造を作らなくてはならない。

ネットワークの力を引き出す協働のプラットフォームの構築を目指して、さまざまな新しい試みが行われつつある。上述のコミュニティを基盤としたソフトウエアの提供などはその例である。その中で社会のあり方も大きく変化していくであろう。しかし、動きはまだ始まったばかりであり、今後、どのような展開を見せるか分からないことばかりである。

上手な仕組み作りができないといかに情報技術が進歩しても利用されなかったり、意図した効果がえられない。それですむならいいが、天然資源に乏しく、高齢化・少子化が進む日本にとって、ネットワークを活用できるか否かは繁栄を継続できるか、衰退への道を歩むかを分ける大きな分かれ目である。日本の実態に合致した協働のプラットフォーム構築ができるか否か、我々の力量が試されていると考えるべきであろう。

携帯端末を使ったインターネット利用などを見ると日本の文化とネットワークの相性は実はとてもいい。製造業側には消費者の感性を商品に具現化する優れた開発・生産ネットワークがある。これらの資産をネットワークで有機的に結合することで大きな力が生まれる。その組織化をどのように行うべきかを理論的に解明していくことで、明るい21世紀の展望をひらきたいものである。


1 より正確には Nx(N-1)である。

2 少し分析を深めると、無償デジタル財提供の誘因は最終的に何らかの形で金銭的な収入を得ることを目標とする商業型と、最後まで求めない奉仕型とがある。商業型には(1)広告型:スポンサーによる負担に依拠するものでパトロンによる芸術支援なども含む、(2)補完財型:別の財の金銭的購入を条件に無償でデジタル財を提供するもの、(3)情報収集型:購買履歴など価値のある情報の入手を目的としているもの、などがある。非商業型は金銭的な見返りを期待しない情報提供の形態である。このタイプには(4)情報交換型:情報を対価として情報を得る、(5)名誉獲得型:名声、名誉など社会的な認知を求めて行うもの、(6)慈善型:純粋に与えることに喜びを感じるもの、などがある。

3 Raymond, Eric S. (1998), Cathedral and the Bazaar, http://www.tuxedo.org/~esr/writings/cathedral-bazaar/

4 池田信夫(1997),『情報通信革命と日本企業』,NTT出版

5 Simon, Herbert A. (1981),“The Sciences of the Artificial, 2nd ed., The MIT Press(稲葉元吉,吉原 英樹訳:『システムの科学』パーソナルメディア,昭和62年)

6 Baldwin, Carliss Y., and Kim B. Clark (1997), Managing in the Age of Modularity, Harvard Business Review, Vol.75, No.5

7 Clark, K.B. and Fujimoto, T., (1991), "Product Development Performance," Harvard Business School Press.

8 プラットフォームの考え方は「場」の概念に近いように思われる。場の概念が定まってきたら吸収合併していただくといいかもしれない。伊丹他編著(2000)『場のダイナミズムと企業』東洋経済新報社、伊丹敬之(1999)『場のマネジメント―経営の新パラダイム 』NTT出版