デジタルネットワーク上における顧客間インタラクションによる情報価値の形成

慶応義塾大学ビジネス・スクール 國領二郎

1.デジタルネットワーク

 

 この論文では離散量(デジタル)表現によって情報が伝達されるコンピュータ・ネットワーク上で、特定の財やサービスの顧客同士がコミュニケーションをすることを通じて情報価値を形成し、蓄積し、再生産するプロセスについて論じる。

 より具体的には事例検討を通じてデジタルネットワーク上でも有効なプラットフォーム(語彙、文法、文脈、規範の共有)があると、(1)フェーツーフェースで会ったことのない主体間でも活発なインタラクション(本論文で扱うのは「顧客間インタラクション」)が生まれること、(2)プラットフォームの存在により簡潔に表現されたデジタル情報が大量の情報を運ぶようになること、(3)デジタル表現された顧客間インタラクション情報の蓄積により文脈の共有が起こり、コミュニティに共有された解釈のパターンが成立すること、そして以上の全てを通じて、(4)顧客の発信する情報が結合し新たな情報価値を生み、(5)その価値を内部化することで利益をあげる企業が現れていることを示したい。

1.1明示的な表現による情報伝達

 デジタルネットワークの可能性と限界については過去からいろいろな指摘がなされてきた。特に重要なのはDaft and Lengel (1986)による電子媒体によってはrichな情報は伝達できないというものであろう。この考え方は知識創造のプロセスにおける「暗黙知」(野中、竹内,1996 )を重視する立場と重なって、デジタルネットワーク上では知的に創造的な活動は行いにくいという認識につながっていく。

 知識創造というフレームワークの中で考えた時に浮かび上がるデジタルネットワークの大きな特徴は、情報伝達の形態が最終的に離散量で表現されなければならず、その意味であいまい性を排除していることである。この特性に着目して、デジタルネットワークは明確に定義された可能性の中からいずれかを特定する作業(不確実性の削減)には役立つが、話し合っている対象自体が混沌としていて、言葉に多義性が発生しており、その削減が銃である場合には役立たないと考えることもある。(桑田,1995)また、機械が事前に定義されたプログラムを実行するタイプのコンピュータを使用しても新しい価値は創造されないと考えることもできる。

 しかしながら、現実にネットワーク上で起こる現象を日常的に分析していると、受発信されるメッセージは全くデジタル(離散量)表現でも、多義性の削減行動が見られるし、デジタル化されたメッセージの交換を通じて新しい情報価値が生まれているとしか見えないことがある。

 これがよく分かるのがインターネット上の囲碁サービス上で起こる現象である。技術の詳細な説明はさけるが、インターネット囲碁はゲームとして(1)交換されるメッセージが極めて簡略な置石の位置情報だけである、(2)プロの対局などでなければ数秒程度情報伝達遅れても支障がない、などの特徴を持っており、まだ通信ネットワークとしての信頼性や容量が不足していた90年代初期のインターネットの上でも十分実用可能なアプリケーションとして発達してきた。90年代半ばにブラウザが登場すると、従来に増して簡単に誰でもが使えるシステムとなっている。

 現在、大手検索エンジンなどのゲームコーナーに行くと、有料、無料、さまざまな対局コーナーがあって、誰でも参加できるほか、他者が対局している様子が見られる。ほとんどのサービスがニックネームによる参加となっており、対戦相手が世界のどこからアクセスしているかわからない。

 

 そのような対局の中で例えば図1のような状況があったとする。囲碁の世界では極めてありふれた状況といえる。(黒)16、四と隅にポジションを作りいった黒に対して、(白)17、六とうける、それに対して(黒)14、四と固める。ここまではほとんど無色といって良いほどあたり前である。(白)18、四あたりから、石にメッセージがこめられ始め、隅を取りにいった黒にそれを妨害したい意思をほのめかしている。

 より強いメッセージが発せられるのがイ(つまり黒17、三)かロ(黒17、八)を選択し、うった場合である。イの場合、黒は「隅はやはりほしいが、白を攻撃するつもりも当面ない」と意思表示しており、ロの場合は「そちらが攻撃するならこちらも攻撃する」と言っているのに等しい。ただし、その場合でも交換されるメッセージはあくまでも離散量表現された一見無味乾燥な位置情報だけである。

 このようにインターネット囲碁の世界では交換されいる情報は極度に圧縮された位置情報だけでありながら、交わされるコミュニケーションの内容は極めて濃密である。図1も黒が優勢な場面では余裕をあらわし、劣勢な場面では諦めをあらわすことともなる。

2.ことばのプラットフォーム上の情報価値形成

 囲碁の世界で、離散量表現に限定された形式によって活発なコミュニケーションが行われるのは、コミュニケーションに必要な基本的なことばのプラットフォーム(國領,1999a,1999b)が共有されているからである。ここでプラットフォームとは「第三者間の情報交換活動を活性化させる存在」と定義され、言語体系がプラットフォームとして提供されているというのが、ことばのプラットフォームの意味である。

 ことばのプラットフォームの基本要素として、語彙、文法、規範、文脈がある。この論文では特に文脈について見てみたいが、その前に他の三つも解説しておこう。語彙は情報交換にあたって交換される記号とその意味に関する定義のことである。囲碁のやりとりの場合には1から19までの数字などがそれにあたる。文法はことばを並べた時にそれが全体として何を意味するかを規定する。3、三というのが盤面のある一点を指すことを予め決めておく。規範はルールのことである。囲碁の場合には「交互に打つ」「囲まれたら取られる」「より多くのスペースを囲んだ方が勝ち」など明確で単純なルールが揃えられている。囲碁の場合、語彙、文法、規範レベルの単純明快さが特徴であると言ってよく、だからゆえにデジタルネットワークの上に展開しやすいという事情がある。

 語彙、文法、規範レベルでは極めて単純で明快な仕組みを持ちながら、囲碁が時に極めてリッチなコミュニケーションの場になるのは、コミュニケーションが極めて長い歴史的な文脈の上で展開されるからである。すなわち囲碁には、過去の蓄積の上で形成されてきた「定石」やかつての名対局の「棋譜」などが囲碁コミュニティの共有資産として残されている。これらが存在することによって、一手一手が過去に行われた対局の文脈の中で解釈され、意味を帯びるようになる。

 コミュニケーションがデジタルに行われるために、文脈の蓄積も離散量のデータベースによって行いうるところも囲碁に特徴的なところである。囲碁のさまざまサイトに行くと、膨大な過去の対局がデジタル形式で蓄積され、再現することができる。そのバリエーションはまさに千差万別である。

 文脈は時に一局の対局で変えられてしまうことがある。いままで確立していると思われた打ち方をそれまで全く着想されていなかった手法で打ち破る場合などである。そこまでいかなくても、時の名棋士の棋風によって「流行の」打ち方などが変遷していくのはよくあることである。このようなことがあるときに、あえて「昔風」の打ち方をしたりすると、それがまたメッセージになったりする。もちろんネット上でやり取りされる情報が純粋にデジタル記述されたものでかまわないことはこれまで強調してきた通りである。

 インターネット囲碁の例に限界を見るとするならば、規範(すなわちルール)を変革していく内在的な仕組みがないことであろう。デジタルネットワーク外の世界では単に文脈を蓄積するだけでなく、その結果として語彙、文法、規範にあたる部分までダイナミックに変化させることによって、社会が直面する新しい状況を表現し、対応するメカニズムを持っている。これに対して、囲碁プラットフォームの枠組内ではいくら文脈を蓄積しても囲碁のルールそのものを変える動きにはつながらない。

 もちろん別途メーリングリストなどをたてて議論をし、ルール変更することは可能であり、メーリングリストもデジタルネットワークの一部なのでこれはただちにデジタルネットワークでは語彙、文法、規範の変更ができないという議論にはつながらないだろう。しかしながら、これはネット囲碁システムに組み込まれたものとはいえず、この特性が現在多く使われているコンピュータシステムの制約(プログラム化されたことしかできない)に由来していることは間違いがない。このあたりの制約を認識しておくことも重要であろう。

 デジタル表現された情報交換記録の蓄積により文脈が形成され、新しいコミュニケーションを誘発する。そしてそのコミュニケーションがいままでの文脈にない発見をもたらし、それが文脈の中に追加され、共有される。このネット囲碁の中に我々は(1)明示的かつ(2)デジタル表現でなされるコミュニケーションが、(3)(棋譜という)文脈を介して新しい知を創造しているプロセスと見ることができる。簡素なデジタル信号を交換するメディアでも、豊かな文脈に支えられているとリッチな情報を運ぶと考えるゆえんである。

3.顧客間インタラクションによる情報価値の形成

 ネット囲碁の例に顕著なのが、この情報価値形成プロセスが筆者が顧客間インタラクションと呼ぶ現象の中で起こっていることである。すなわち、囲碁の価値は顧客同士の相互作用そのものや、結果として蓄積される棋譜であると見るならば、価値の形成のほとんど全ては囲碁を打つ場を提供している事業者ではなく、対局している顧客がつけている。この参加型の構造がデジタルネットワーク上における価値生産の大きな源泉となっている。

 

 より一般化して考えてみよう。顧客間インタラクションとはある財やサービスをめぐって顧客間でコミュニケーションが成立し、それが顧客の購買行動や、提供者の供給活動に影響を与える現象のことと定義できる。図2は市場における企業および顧客のコミュニケーションのあり方を図示している。左上は企業から顧客に一方的にメッセージを送っている状況である。基本的に需要過多で顧客が新しい商品に飢えているような場合にこのような形態が有効である。ところが供給過多状態で、売るのが難しくなってくると右上の企業と顧客の双方向コミュニケーションが重要となってくる。デジタルネットワークもこれを支援する形で利用される場合も多い。

 デジタルネットワークは企業と顧客のコミュニケーションを良くするだけではなく、顧客同士のコミュニケーションも良くするというのが、図下の顧客間インタラクションの絵が示すところである。顧客間インタラクションには(1)口コミ・評判、(2)相互扶助、(3)開発参加、(4)娯楽、などのタイプがある。

 顧客間インタラクションの代表的なものは口コミ・評判である。商品の評価情報などが、ネット上をかけめぐって需要に影響を与える現象だ。相互扶助とはネット上で顧客同士が相互に助け合う現象で、パソコンの使い方が分からない時に他のユーザに教えてもらうような状況を想起していただくと分かりやすい。共同購入なども相互扶助の範疇に入ると思われる。ネット上で同じ商品を買いたい人間が集まってまとめ買いをしたり、メーカーに開発を要請したりする活動である。要請を超えて開発にユーザが直接的に参加してくるようになるのが、フリーソフトウエアなどの世界で見られる現象である。英語しか表示できなかったヒューレットパッカード社のPDAなどに関して熱狂的なファンが日本語化ソフトウエアをネットワーク上で自主開発し、無償で公開してしまった事例などが顕著である。(森田,國領,1997)

 娯楽としての顧客間インタラクションという面も無視できない。ここでは概念的なレベルで情報には二面性があることを考慮する必要がある。一つは不確実性の削減の道具としての情報である。(Shannon, 1948)今一つは情報そのものが消費の対象となる場合である。(野口,1974)顧客間インタラクションは消費者がコミュニケーションすること自体に喜びを感じるという意味で、消費の対象として認識することができる。インターネット囲碁の例もこの範疇と言ってよいだろう。ポケベル、携帯電話を使った電子メールなど、日本においてはコミュニケーションそのものを目的としたメディアの発達が顕著である。

4.デジタルネットワーク上顧客間インタラクションのビジネス化:eBayの事例

 顧客間インタラクションによる情報価値の形成は存在すること自体は理解できても、それをなかなかビジネスの役に立てることができないという問題がある。むしろ、口コミなどは企業にとってマイナスの情報が流れることによってダメージを与えることすらあって、やっかいな存在とすらいえる。

 そのような課題をかかえながらも、ここ数年、顧客間インタラクションを明示的にビジネスモデルの中に取り込んでいく動きが見られる。そのような動きの一つの事例として本節ではeBayを取り上げ分析してみよう。 

4.1事例紹介

 eBayは、個人を含めた誰でもが対等な立場で売買できるオークションサイトである。交易される品々の価格は、すべてオークション、つまり「セリ」によって決められる。売り手は最低落札希望価格を決めて表示し、買い手が次々とアクセスして高値を付けていく。落札期限内に最高価格を付けた買い手に落とされる。価格はすべて市場の需要と供給のバランスによって決定される。

 eBay は1995年に創業者であり現会長のピエール・オミディア氏は、婚約者がコレクションしていた「ペッツ」というお菓子容器を世界中のコレクタと交換したいという素朴な願いをかなえようと、最初は世界中の同好の仲間たちのために、趣味のサイトを無償で提供しようという動機で始めたものだった。ところが「個人間売買をオークションで行なうプラットフォーム」という、eBayのシンプルなコンセプトは予想外のトラフィックの引き寄せて得てサーバはパンクし、止むなくユーザから利用料金を徴収するシステムに変更し、eBayのビジネスがスタートした。フリーマーケットで投げ売りするには惜しい、かといって業者に下取りしてもらうと法外な手数料を費やす羽目に陥る――。かくして、何年もガレージに眠っていたような代物を出品するのに、eBayは格好の市場を提供した。eBayのデータ分析によれば、全ユーザのおよそ2割が、全体の8割の出品を行っているという。つまり単純計算にして、約50万人のバイヤーが、150万アイテムを出品している(99年春現在)ということになる。

 eBayは、いわば個人や企業のトレーダーに対して「場貸し」をするサイトである。取引確定後の商品の受け渡しと料金の支払はユーザ間のやり取りに一任し、eBayは責任を負わない。もちろん、詐欺行為や信頼を損なう行為に対する監視には、eBay側でも最善の注意を払っているが、取引の原則は「自己責任」である。eBayの250万人(99年春現在会員数)のユーザはこれを理解して参加することが大前提となっている。

 eBay の収入は次の2つの手数料からなる。

 (1)セラーから25セント〜2ドルの料金をオークション出展費として

 (2)取引成立金額の1〜5%を仲介料として

1件当たりの金額はわずかなものだが、ユーザ間の物流と金流には一切関わらないため、eBayにかかる固定費は、システム保全・開発と、信頼性対策などの顧客サービスのみであり、高い粗利が維持できる構造をしていた。

 このような不特定多数間の売買を行う場合の大きな問題は取引主体間の信用が成立していないことである。この問題を解決するために大きな役割を果たしているのが、フィードバック・フォーラムである。出品されている商品のページには出品者を紹介するページへのボタンが置かれ、それをクリックすると一つの表が現れる。これは、その出品者から過去に購入した経験がある購入者がその購入体験をPOSITIVE, NEGATIVE, NEUTRALの3段階で評価した結果の集計表となっている。

 これは基本的には、良き売り手、良き買い手と評価されるごとに、加点方式で点数が上がっていく仕組みだ。さらにメールや電話の態度、送金や配送の遅延、商品の不良や破損などについての評価がダイアログに加えられていく。フィードバック・フォーラムは、いわば顧客相互の監視機構であり、誰が要注意人物かを相互に教え合うことができる。

ほとんどの模範的ユーザが、良い評価を得ることに最大限の注力を払っている。取引成立、送金確認、配送手配、到着確認等、eBayの手を離れた後、売り手と買い手の間では、神経質なまでに丁寧なメールがやり取りされ、「いかに自分が良き売り手(買い手)であったか」の自己PRに余念がなく、最後には「ぜひ私に加点することをお忘れなく」と言い沿える場合もある。eBayが基本的に「自由放任市場」を標榜してきたにもかかわらず詐欺行為は1万件に1件程度という確率で抑えられてきたのはフィードバック・フォーラムをはじめ、ユーザ間の自警意識や相互牽制といった、コミュニティの自律性の現われといえる。フィードバック・フォーラムによる顧客相互評価は場の資産として蓄積される。

 eBay上の取引状況はインターネット上で常時観測可能である。現在どの価格が最高であるか誰でも見ることができるし、過去の落札記録も公開されているので、取引頻度の高い商品については「相場」がいくら程度であるかを見ることができるようになっている。これが市場の文脈となり、以後の取引をしやすくする資産となっている。

4.2 事例分析

 eBayでは事前には顔も名前も知らない人間同士がデジタル表現された情報を交換することを通じて大量の取引を行うことを可能となっている。成約している取引の数の多さだけを見てもそこに何らかの価値生産が行われていることは明らかだが、ここではビジネスモデルの視点からそのプロセスを分析してみよう。ビジネスモデルとは、(1)誰にどんな価値を届け、(2)そのために経営資源をどのように組み合わせ、その経営資源をどのように調達し、(3)パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのように行い、(4)いかなる流通経路と価格体系のもとで届けるかについてのビジネスのデザインについての設計思想と定義される。本論文の目的はこれらがいかにデジタル情報の交換を通じて達成されているかを示すところにある。

4−2−1 提供価値

 まず提供している価値を分析してみよう。eBayの大きな価値は、さまざなな障害によって、もしeBayが存在しなければ成立しなかった取引を成立させることによって、売り手には利益を買い手には欲求の充足を与えることにあると言ってよいだろう。その取り除いた障害を見ると価値がわかる。

 最大の障害は信頼の欠如だろう。ネットワーク上の知らない他人同士では通常取引は成立しない。これを解決したのがフィードバック・フォーラムである。顧客がお互いに信頼性チェックをすることによって、場における取引リスクを下げ潜在していた取引ニーズを顕在化させることによって価値を生み出している。一つ一つのフィードバックの情報量は微々たるものであるし、個人の主観に基づくバイアスのかかったものとも言える。そもそもたったの3段階しかない離散量表現された表という単純な構造をしている。それでもその情報が大量に集積し、編集され、公開されることで、新たな顧客が直接的には全く知らない相手から商品を買うまでに信頼を形成する。

 第二の障害は取引相手の探索である。個人間売買のような場合には広告原資などもなく、潜在的な買い手と売り手がめぐり合う機会は少ない。そこで物理的に近い場所でのみ取引が成立するようなことになるのだが、これではマッチングできる売り手の数と買い手の数が限られてくる。eBayはインターネットという世界中に開かれたオープンな環境のもとで、極めて多くの売り手と買い手をマッチングさせることに成功した。そこで見逃せないのが、単にコンピュータネットワークにサービスを開始しただけではなく、取引手順について、標準的な取引手順と、取引ルールを定め、どの取引も同じインターフェースとルールのもとに実現する環境を構築したことである。囲碁の例と同じように、明快なルールのもとにデジタル表現された情報を交換する中で、情報価値が生産され、取引履歴のような形で、その価値が蓄積されていく。その蓄積された価値が新しい取引を生み出す基盤となる再生産の仕組みができているのだ。

4−2−2 経営資源の動員と組みたて

 eBayの大きな特徴として、情報の流れを扱うことに特化し、物流や決済などには自らは手を出さないことがある。そして、唯一流れる情報という商品もそのほとんど全ては顧客によって作られたものである。商品を紹介するページはもちろんのこと、売り手、買い手を評価するページも枠組みこそeBayが提供するものの、中身は全て顧客が発信している情報である。すなわち、情報の発信者も顧客であり、それを受信して購買の意思決定を行うのも顧客である。

 自らの取りこむ付加価値を明確に限定して、eBayを使用することで売り手、買い手、物流業者、決済事業者など関係者の全てが利益をあげうる構造を作ったところで、場に協力な求心力が働く。この求心力は出品数の増大とそれに伴う、購買セレクションの増大という形でeBay自体の競争力の強化につながる構造となっている。

4−2−3 パートナーとのコミュニケーション、流通経路と価格体系

 自らは場の構造を設計し運営することに徹して、広く社会全体から経営資源が集まって結合する空間を生み出しているのがeBayであると表現してもいいだろう。お互いに実名も知らない人間同士が資源結合を行う上で重要なのが、単純、明確で、ホームページ上にデジタル表現されて公開されている一連のルールであり、そのルールを守るためのさまざまなインセンティブと制裁のメカニズムである。

 場が設定されるのはいうまでもなく、インターネット上である。eBayに対する手数料支払いなど、ごく一部分を除いて、コミュニケーションのほとんど全てはデジタルネットワーク上で行われる。

 

 インターネット上でデジタル表現され、手順が構造化されてコミュニケーションを行うことが最低でも25セント、最大でも2ドルという低い水準の出品料につながっている。囲碁の例ほどではないが、語彙、文法、規範などが明確に共有されていると、簡潔なメッセージを送るだけで、大量の情報を送ることができるようになるのだ。実際、競合会社の中には無料で出品をゆるすところも出現している。

5.まとめ

 eBayの事例においてもフェースツーフェースでは会ったことのない人間でもデジタルネットワーク上で情報交換をしつつ、協働しつつ新たな情報価値を生み出すプロセスを形成しうることが示されている。これが成立する上で、ネットワーク上で蓄積される文脈(明示的に記録され、共有される過去のコミュニケーションの記録)が大きな役割を演じることも示し得たのではないかと思う。

 もとより、これによってフェースツーフェースによって達成できるコミュニケーションが全てデジタルネットワークによって行いうると主張できるとは思っていない。そのような主張をするためにはフェースツーフェースのコミュニケーションによって伝わっているものを全て明示的に洗い出して、それがデジタル表現できるかどうかを確認し、入出力装置によって再現が可能であるかを実証しなければならない。これは膨大な作業であるが、デジタル表現によってコミュニケーションを実現しようとすることで、逆にアナログ・コミュニケーションの構造が解明されていく効果もあるように思われる。

参考文献

Daft, Richard L. and Robert H. Lengel (1986), Organizational Information Requirements, Media Richness and Structural Design, Management Science, Vol.32, No.5

國領二郎(1999a),「流通システムにおける「ことば」標準化の意味」, 『マーケティング革新の時代-営業・流通革新』, 嶋口充耀、竹内弘高、片平秀貴、石井淳蔵編, 有斐閣, pp 424-449

國領二郎(1999b),『オープンアーキテクチャ戦略』 ダイヤモンド社

桑田耕太郎(1995), 「情報技術と組織デザイン」,『組織科学』,Vol. 29, No. 1.

森田正隆・國領二郎 (1997)「HP200LX」,慶應義塾大学ビジネス・スクール事例研究

野口悠紀雄 (1974),『情報の経済理論』,東洋経済新報社

野中郁次郎・竹内弘高(1996),『知識創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社,

Shannon, C. E., (1948), A Mathematical Theory of Communication, The Bell System Technical Journal Vol. 27, pp.379-423,623-656.

武川善太・國領二郎(1995),『インターネット碁サーバ(IGS)』,慶應義塾大学ビジネス・スクール事例研究

田柳恵美子・國領二郎(1999),『eBay−日本進出−』,慶應義塾大学ビジネス・スクール事例研究

This paper discusses how C2C interaction that rely on the exchange of digitally represented information leads to communication, accumulation and ultimately creation of information value. Case studies are used to demonstrate that the existence of an effective platform that consist of shared vocabulary, grammar, context and norm (1) facilitates communication among people with no prior face-to-face interaction, (2) allows concisely represented digital message carry large amount of information, (3) facilitates the creation context for the community through the accumulation of messages, and (4) allows the integration of information from diverse range of people to generate new information value.