『市場と信頼:企業間取引を中心に』

千葉隆之(1997)

社会学評論48(3・19)1997.pp317-333

 

(1)従来の研究−信頼問題と経済学的アプローチ

1970年代から台頭した新制度派経済学においては、近年日本に見られるような長期継続的取引関係の仕組みを取り上げている。彼らはこのような長期継続的取引関係における信頼について、@長期的に取引関係者間に蓄積された関係特殊的技能や資産は、それ自体が双方の機会主義的行動を抑制する、A契約相手が裏切ることに対する、評判による社会的賞罰の機構が働くため、機会主義的行動が妨げられる、という回答を与えている。

 

 

 

(2)文化論的アプローチ

 昭和20年代の日本の中小企業を調査し、下請け関係に同族組織や親方子方関係の原理を発見した研究があるが、この時期になぜこうした下請け関係が普及したのかは明らかにされていない。

 

 

(3)本研究における信頼の定義

 ある行為者(ある組織)が他者(他の組織)を信頼するとは、@他者の行為に本質的に不確実性がある状況で、A相手が当事者に望ましい行動をするであろうと予期して、B危険を伴う行為を行う(コミットメント)、ということを指す。

 

(4)企業間取引と信頼との関係

@取引関係との関わり

互恵的コミットメントを伴う継続的取引関係が形成される際には、関係の深まり・長期化と相手への信頼の深まりとが同時並行的に漸進的に進展する。

 

A信頼される他者の行為を左右する要因

他者の意図や目的・行動原理に関わる側面と他者の能力・遂行力に関わる側面の両方を含む。また、単に相手の現在の意図や目的・行動原理などが分かるだけでは不十分であり、それが長期的に大きく変化しないという保証が必要。さらに、長期的信頼の場合は、他者の能力は漸進的に成長するかもしれないので、現時点の能力だけでなく、長期的な成長力のようなものも信頼を左右する。

 

B信用・評判と信頼との関わり

 仮にAとBが第三者であるCに対して類似の立場にあるとき、Cは、Bに信頼されるた めに、Aからの信頼を裏切らないという動機付けを持つ。こうした連鎖が連なれば、ある集合体の中でCへの信頼は周知の事実としての情報となり、Cはそうした自己についての情報を意識して行動するようになる。この情報を信用あるいは評判と呼ぶことができる。

 

(5)信頼の諸源泉

@相手側の意志決定の安定性

相手側の意志決定機構に影響を及ぼすような、労使関係やコーポレイト・ガバナンス、企業−政府間関係の安定性などによって保証される場合。またそうした客観的事実ではなく、認知的な水準で相手側が信頼する側との関係や自分の行動について明確かつ信憑性の高い行動指針・原理を提示し、それにしたがって行動する場合も、信頼を促す要因となる。

 

A異なる組織成員間のinter-personalな交際関係

企業間の取引において、取引に直接関与する担当者間の個人間の公的・私的なつながりは重要な重みを持つ。ただ、こうしたpersonal networkの働きは、組織の特性に左右される。

 

B既存の社会的結合

経済外的結合によって生み出される共同体意識は、情緒面で相手への信頼を促し、接触の頻度を高め、相手の行為の予測への確信を強め評判情報を流通させることで、信頼できる相手の選択を容易にし、またサンクションを可能にすることで裏切りの可能性を軽減する。

 

C地理的接近性とコミュニティの凝集性

業者間の地理的近接性なしには、個人間の密接な関係や経済団体、経済学的な社会的結合は生まれない。また地域コミュニティの諸活動が活発である地域ほど、企業間・個人間の信頼関係が形成されやすい。

 

D歴史的に形成された慣行・規範や文化

各人に当然のものと見なされるようになった慣行は、外圧的拘束力を及ぼす制度の性質を帯びるため、取引慣行はある集団の間で一般化すると、それ自体持続する慣性を持つ。また、共通の教育や職業経験に支えられた協力的な規範や習俗の存在は、協力的な取引慣行を支持する強い要因となり得る。

 

E法や行政による支援

 地方行政機関や労働組合・経営者団体などの公的団体による中小企業への支援は、企業の経営活動の安定化を促進し、能力への信頼を高めると同時に、信頼を裏切る機会主義的行動へのサンクションの可能性を作り出すことで、地域社会の中での企業間の信頼を強める働きをしている。

以 上

(文責:澁谷覚、1998年10月4日)