Increasing Returns and Path Dependence
in the Economy
W. Brian Arthur
The University of Michigan Press 1994
- 資源主導の経済(農業、鉱業、大量生産など)においては、いぜんとして収穫逓減の法則
が支配するが、知識主導型の経済など、収穫逓増の法則が支配する世界があり、この両者
が併存している。
○収穫逓増の原則が有効な経済の特性は
- ポジティブ・フィードバック(Positive Feedback)
- 自己強化メカニズム(Self-Reinforcing Mechanism)
- 複合的均衡(Multiple Equilibria)
- 非効率性(Positive Inefficiency)
- ロック・イン(Lock-in)
- 経路依存性(Path Dependence)
- 予測不可能性(Nonpredictability)
○たとえば、収穫逓増の市場に置いてシェアを競う2製品(AとB)がある場合、
- Aを購入する消費者が多いほど、よりAの品質が改善されBに対する競争力が強化される(ポジティブ・フィードバックまたは自己強化メカニズム)
- 最終的に市場を支配するのは、AであるかBであるか、どちらもあり得る(複合的均衡)
- 品質において優れたものの方が市場を支配するとは限らない(非効率性)
- ポジティブ・フィードバックまたは自己強化メカニズムによって市場における優位性を高めた製品は、競合製品との差を拡大し、競合製品にとって逆転することはむずかしい(ロック・イン)
- AとBのどちらが市場における支配を獲得するかは、初期の小さな出来事の偶然が決定し、歴史的に規定される(経路依存性)
- そのために、事前にAとBとのどちらが市場を最終的に支配するかを予測することは不可能である(予測不可能性)
○自己強化メカニズムが働く要因は以下の4つである
- 巨大な初期投入コスト(Large Set-up or Fixed Costs)
- 学習効果(Learning Effect)
- 調整効果(Coordination Effects)
- 自己強化に対する期待(Self-Reinforcing Expectations)
- これら4つの要因のうち、巨大な初期投資コストや学習効果による自己強化メカニズム
が働いた結果としてのロック・インの状態は、逆転することは困難。一方調整効果や自
己強化に対する期待による自己強化メカニズムが働いた結果として生じたロック・イン
の状態は、逆転可能性がある。
- 本書は古典的経済学の基本にあった収穫逓増の原則と対照的に、ポジティブ・フィード
バックを基礎とする不安定なシステムにおける収穫逓増の原則を提唱し、この原則を適
用することによりよりさまざまな経済現象を説明しようと試みたものである。
- 古典的な経済学において支配的であった、収穫逓減の法則を覆す新しい概念である収穫 逓増の法則の提唱者である著者は、経済におけるこの法則の存在に懐疑的であった経済 学界に対して、さまざまな現象を用いて新しい法則の存在を立証・確立しようと努めて きた。その過程で作成された各種の論文を収録したものが本書である(したがって、内 容的には重複する部分もかなり含まれている)。
- 第1章から第3章までが、以上の原則の説明に当てはめられ、第4章、第6章では産業 および都市の立地の形成プロセス、第5章では技術オリエンテッドな製品を購入する消 費者の既存ユーザーからの情報収集行動やリスク回避志向と市場シェア構造形成との関 係、第7章では貿易、産業組織などの経済学の領域への自己強化メカニズムの適用、第 8章では人間の学習アルゴリズムへの自己強化メカニズムの適用、第9章ではロック・ インされた市場と価格戦略のあり方、第10章では経路依存性を規定する非線形モデル の数学的検討を行っている。
- 著者の主張する「資源主導の経済」と「知識主導の経済」との境界は必ずしも明確では なく、農業、ソフトウェア産業など、それぞれの典型的な例においては明らかであると しても、ある企業がこれから参入しようと計画している中間的な市場あるいは、いま自 社が闘っている市場が、古典的な収穫逓減法則の支配する世界なのか、それとも収穫逓 増法則の支配する世界なのか、という問題について明確な答えを得られるステップを本 書が提供するわけではない。
- しかしながら、本書は従来の経済学が想定していなかった新しい経済原理の働く世界が、 われわれの世界の中に併存して成立しているということを、まさに帰納的に明らかにし、 従来起きているいくつかの事象に論理的な説明を与えた。説明がさらに予測、統制にま でその理論を強化すれば、本書に述べられている収穫逓増の原理は、経済学に確固たる 地位を築き、動きの激しい経済におけるメカニズムを明快に表す理論体系となるだろう。
以 上
(文責:澁谷覚、1998年10月4日)