今井賢一・金子郁容(1988)

『ネットワーク組織論』岩波書店

 

≪要旨≫

本書では、変容する社会と経済の様子をネットワークという観点から捉えることによって、経済社会や企業組織に対する新しい見方と分析のフレームワークを提示している。

歴史を振り返ると、新しい秩序が生まれてくる背景には、情報の社会基盤(インフラストラクチャ)の形成による人・科学技術・思想の活発な交流と、多様な人々を意図的につなげて変化を誘導していくアントレプレナー=企業者が存在し、このような人々の相互関係から新秩序が形成されてきた。昨今の情報通信技術の進展や産業社会のネットワーク・インフラストラクチャの整備は、このような意味で新たな秩序形成に向けた社会基盤の整備と位置付けることが可能であり、新秩序に向けて我々は従来とは違った新しい情報観・分業観を持つ必要がある。

従来の情報観は、階層組織の上層部にある静的・形式的な情報を主に扱う見方であったが、今後は、人々の相互関係の中で形成・解釈され、それが絶えず動いていくという動的な場面情報がより重要になる。そして、次元の異なる様々な場面情報の連結を通じて、現場のミクロ情報がマクロ情報へと変換されるループ(ミクロ・マクロ・ループ)がスピーディーに回り、この過程を通じて新しい秩序が形成されていく。また一方、従来の分業観は、仕事を細分化・固定化して労働力を特化させるという固定的分業観であったが、今後は、仕事の役割分担が自己組織的に変化する伸縮的なネットワーク分業がより重要になっていく。

このような情報観・分業観の変化に伴って、企業と消費者との間の関係も変革を迫られよう。従来の企業と消費者との関係は、価格という形式情報による経済的な交換でのみ結ばれていたが、今後は、相互が自分の主観的な判断に基づいて相手の情報の意味を解釈し合いながら、共感を通じて関係(=コンテクスト)を形成していくというコミュニケーション・システムがより重要となる。このような意味で、今後の企業活動の本質は、限られた合理性の中で、様々な動的情報を収集し解釈することで、取引先や消費者との間に相互に意味が通じ合うコンテクストを構築していくことであり、その意味では組織は解釈システムと言っても過言ではない。

本書で言うネットワークの概念は、閉鎖的な共同体における固定観念から解放して、異質で多様な意味が共同体を横断して自由に飛び交い、新たに結合することを想定している。そして、この創造的な新結合を誘導し編集していくのがネットワーカーでありアントレプレナー=企業者である。これに対して、階層組織と対比した従来のネットワークのイメージは、スタティックで古い文脈によるものである。というのも、従来のネットワークでは、自己と他者を固定的に分離して捉えており、自己がすでにそれ自体独立に存在していて、互いに情報を交換していると考えている。しかし、本書で想定しているネットワークのイメージでは、自己はそれが持つすべての関係の重なりとしてしか定義されない流動的で不安定な存在であり、むしろこの関係の中で自己を再解釈して自己と他者の境界を常に変化させていくという自己組織的なダイナミックな過程こそが、ネットワーク・プロセスであるとしている。

このようなネットワークの概念は、経済社会の秩序を形成している基本的な原理の変更をも促している。元来、資源配分のメカニズムとして、市場と組織という二分法が考えられてきたが、実際の社会では、この両極が相互に浸透し合っており、その意味では、これまで考えてきた市場か組織かという単純な二分法は当てはまらない。むしろ、今後は、外部環境の不確実性に対処していくために、市場と組織の両方の長所を兼ね備えた概念として、ネットワーク(中間組織というと曖昧な感じを与えるのでより積極的な捉え方をしたもの)を考えていかなければならない。不確実性に対処していくためには、動的な情報を蓄積していくこと、つまり多様なコンテクストによって人々の期待を動的に調整していくことが必要不可欠であるが、このためには組織の境界という人工的な制約を積極的に踏み越えて繋がりを求めることが必要になり、ここに企業の境界を弾力化・流動化するネットワークの概念が必要になるのである。また、別の観点から言えば、ネットワークとは経済的動機と社会的動機とを接合させることであり、これは経済的動機を軸にネットワークを運営しながらも、そこに共感とコミットメントという社会的行為を組み込むことに他ならない。相互関係の中で動的情報から意味と価値を作り出し、新たな結合を図っていくためには、構成メンバーの経済的利害に直接とらわれないコミットメントをいかに誘導していくかが課題であり、そのためには共感を通じた動的協力性を生み出す必要がある。

最近、ネットワークという概念が注目されている背景には、決定論的な見方から確率論的な見方への移行がある。というのも、ネットワークが対処すべき本質的な不確実性は、統制によらない個人個人の自由な行動とその関係の中で自然発生的に形成される不確実性であり、このような状況を記述したり分析するためには確率的なものの見方が必要になるからである。しかし、現在の確率論の考え方には、それが静的不確実性(事象が有限のルールで記述された不確実性)しか扱うことができないという本質的な限界があり、ネットワークが真に対処すべき動的不確実性(相互関係の中でダイナミックにルールが変化することによってもたらされる不確実性)を扱うためには、自然科学に対して「制御不可能性」と「記述不安定性」という社会科学の2つの要素を取り入れたカオス的な発想が必要になる。カオスとは、すべてがただ混沌としていて何も具体的成果が上がらないという状態ではなく、表面は混沌としているがその背後には無限の秩序が潜んでいるような状態である。

ネットワークが組織として成立するためには、ネットワークの内包する多種多様な潜在的秩序の中からその時々に適合したものを自律的に読み取り、選び取る行為が必要になる。つまり、ネットワークにおける秩序の形成とは、ミクロレベルの情報をマクロレベルの情報に圧縮することであり、これは情報の自己解釈過程を通じたミクロ・マクロ・ループというメカニズムを通じてなされる。多様な文脈を持ち、各メンバーが自発的に行動するネットワークに秩序が生まれるのは、このミクロ・マクロ・ループを各構成員が形成し、それを介して関係の中で各自が自分の判断に基づいて変化し、さらに編集者が出現してその各自の動きを編集して全体の動的協力性(シナジー)を誘発するということが効果的に行われたときである。カオス理論はこのような現象の発生可能性を示唆していると言える。

 

≪コメント≫

本書は、ネットワークという観点から経済社会や企業組織に対する新しい見方と分析のフレームワークを提示した先駆的な書籍の1つである。本書の中で展開されている議論は、執筆後約10年を経た現在においても、全く色褪せるどころか新鮮な感動を持って読者に迫ってくる。本書の中で主張されている新しい情報観・分業観、創造的な新結合を誘導するアントレプレナー=企業者の役割、市場と組織の両方の長所を兼ね備えたネットワークの概念、動的不確実性を扱うカオス理論など、そのいづれの議論をとってみても現在新たな問題意識を巻き起こしてくれる。その意味で、さらに10年後に読むと別の新たな発見があるかもしれない、そんな奥深い一冊と言えよう。

 

以 上

(文責:坂爪 裕、1998年6月24日)