von Hippel, Eric A.(1988)
"The Sources of Innovation", Oxford University Press, Inc.
(邦訳:榊原清則『イノベーションの源泉』ダイヤモンド社、1991年)
≪要旨≫
イノベーションの源泉は非常に多様である。すなわち、イノベーションの担い手は製品を作るメーカーであったり、そのユーザーであったり、原材料を供給するサプライヤー(供給業者)であったりする。従来考えられていたように、イノベーションは常にメーカーの手で行われているわけではない。
このように、イノベーションの機能的源泉が多様な理由は、各企業によってイノベーションから生じる利益への期待が異なるからである。
よって、当該イノベーションの利益期待が各企業間でどのように分布しているのかを理解することができれば、イノベーションの源泉は予測可能である(特定のイノベーションは、典型的にはその利益期待が最も強い企業によって推進される)。ただし、以下の2つの条件が満たされた場合にのみ、予測可能である。
・各企業の機能的役割は簡単に変更できない。
・便益を得るためには、そのイノベーションを他に供与するよりも自分で活用した方がよい。
逆に、このような各企業間の利益期待の分布を変えることができれば、イノベーションの源泉も変更可能である。例えば、メーカーは、ユーザー・イノベーションが持っている潜在的商業価値に対する期待から、ユーザーにとって改良が容易なように、あらかじめ製品をデザインしておくことができる。
このように、イノベーションの利益期待が各企業間で異なってくる一般的な理由としては、以下の2点を指摘できる。
・イノベーション関連の情報を保護し、それから便益を得る能力は、各企業の機能的役割が違えば異なる。それ故、一部の企業の利益期待が他の企業と比べて、著しく高まる可能性がある。
・各企業はしばしば異なった産業に属し競争構造も互いに異なっているので、利益期待は産業の集中度のような要因によっても影響を受ける。それ故、各企業間で利益期待が異なる。
イノベーターは、時として、競合企業間でのノウハウの非公式的取引によって、イノベーションに伴う費用と利益をライバル間で共有したり、あるいは共有を回避したりすることができる。このようなノウハウの非公式的取引は、以下の条件が満たされた場合に最も有効な形態となる。
・取引ネットワーク内のメンバーが必要なノウハウを所有している。
・ノウハウは当の企業に独自のものであるが、それは「たまたま」秘密が保持されてきたからである。
・取引されるノウハウの価値が十分に小さく、明示的な交渉や契約に基づく売却・ライセンシング・交換が意味をなさない。
イノベーションの源泉は、イノベーションの利益期待から予測できるという仮説は、ユーザーによるイノベーションの源泉を予測する際のリード・ユーザーの存在によっても裏付けられる。リード・ユーザーとは、市場で今後一般的になるであろうニーズに現在直面しており、それらのニーズを解決することによって多大な利益を得ることができる状況にいるユーザーのことである。
≪コメント≫
本書は、主に生産財において、ユーザーイノベーションの積極的役割を各プレーヤーの期待利益の大きさによって明らかにしている。その後、ヒッペルは、ユーザーイノベーションの条件として、この「期待利益仮説」とは別に、情報の移転費用に着目した「情報の粘着性仮説」を提唱し、新たにイノベーション過程を情報という観点から考察しようとするアプローチも展開している。両仮説とも、今だ概念的な議論にとどまっており、仮説の妥当性は検証されたとは言えないが、昨今の消費者ニーズの多様化、消費者の製品に対する新たな意味付け活動など、イノベーションにおけるユーザーの果たす役割・情報の果たす役割は、日に日にその重要性を高めつつある。このような意味から、ユーザーイノベーションの積極的役割について初めて詳細に記述した本書の価値は特筆に値すると言えよう。
以 上
(文責:坂爪 裕、1998年6月2日)