深谷昌弘・田中茂範(1996)
『コトバの <意味づけ論>』紀伊国屋書店
≪要旨≫
本書の主題は「意味づけ」である。本書では、意味そのものよりは、主体内・主体間で意味が形成されるプロセスを中心に扱っている。よって、本書で取り扱う意味は、辞書の中で固定されている意味ではなく、コミュニケーションを通じて、意味づけする者によって意味づけられた意味である。
意味づけ」の過程とは、人間が外界の刺激(主に他者が発した「コトバ」)を受容してから行動を導出するまでの過程、外界の状況を把握し対応を思念する内的営みを指している。この意味づけられた状況のことを、本書では「情況」と呼び、状況と区別している。状況はいうなれば、意味づけられる以前の意味なき物事の集合であり、時間の経過とともに淡々と推移していくものであるが、情況とは、人間によって意味づけされた状況のことであり、能動的に主体が関与する概念である。
この「意味づけ」過程のトリガーとなる外的刺激としての「コトバ」は、通常の言葉とは概念的に明確に区分されている。つまり、「コトバ」とは意味を担う前の記号であり、「コトバ」は意味づけられることによって初めて言葉になると考え、表現としての記号性と意味との関係を分離して考えている。
この言葉として意味づけられた意味とは、「記憶の関連配置」の形成である。つまり、人は情況内において、外的刺激としてのコトバを受容することで過去の記憶を励起し、励起された記憶はさらに別の記憶を励起させることで記憶が「引き込み合い」、ある種の動的均衡として記憶の関連配置が形成されるのである。その際、この動的均衡に至るプロセスで働く意味や意味の関連を齟齬のないまとまりとして意味づけようとする志向性のことを、本書では「辻褄合わせ」と呼んでいる。
このように、内的プロセスとしての意味づけが記憶の関連配置の形成であるとすれば、意味づけがなぜ多彩となりうるか明白である。つまり、意味づけには、以下4つの「不確定性」が存在するからである。そして、人間がコミュニケーションを通して相互作用の結果として意味を形成・創造できるのは、実はこれら「不確定性」が存在するからである。
@「意味づけの多様性」
関連配置を形成する記憶が人によって様々なために、結果として意味づけが人によって変化すること。
A「意味づけの多義性」
同一人物の意味づけであっても、場面や文脈(=情況)に依存して様々な意味づけがなされること。
B「意味づけの履歴変容性」
記憶の蓄積によって意味づけが変わってくること(過去と現在では意味づけが変わってくること)。
C「意味づけの不可知性」
意味づけに参与する記憶に潜在記憶や暗黙知があるために、意味を知り尽くすことができないこと。
≪コメント≫
従来、「意味」について扱った研究・書籍は数多く存在しているが、本書のように、意味が形成されるプロセスとしての「意味づけ」にスポットをあてた研究は少ない。本書では、このような「意味づけ」を扱うことで、数々の独自な概念装置(「情況」「コトバ」「記憶の関連配置」「引き込み合い」「辻褄合わせ」など)を生み出しており、これらの諸概念が本書の特徴となっている。本書はもともと、言語学的バックボーンから生み出されたものであるが、組織の認知・解釈過程を研究する上では、大いに参考になる1冊と言えよう。
以 上
(文責:坂爪 裕、1998年9月22日)