Coase, R. H.(1937)

"The Nature of the Firm",Economica, n.s., 4, November, 386-405.

(邦訳:宮沢健一・後藤晃・藤垣芳文『企業・市場・法』第2章「企業の本質」東洋経済新報社、1992年)

 

≪要旨≫

本論文では、市場における価格メカニズムによる資源配分と、企業における企業家による資源配分との間の経済理論におけるギャップを埋め、なぜある場合には価格メカニズムが調整を行い、また別の場合には企業家がこれを行うのかという点を、「市場利用の費用(後に取引費用と呼ばれるようになる)」の概念によって説明し、企業の本質について論及している。

一般に、市場において価格メカニズムを利用した取引を実行するためには、交渉しようとする相手を見つけ出したり、取引条件を相手に伝えたり、成約に至るまでに様々な駆け引きを行ったり、契約を結んだり、契約の条項が守られているか点検したり、等々の費用が発生する。そして、これら価格メカニズムを通じて取引を実行するための費用に比べて、ある権限を持った企業家がその費用をいかほどか節約することができるときに、その取引を内部組織化した企業が生まれるのである。つまり、このような観点からみれば、企業と市場は資源配分の手段として代替関係にあり、よって企業の本質は、価格メカニズムにとって代わることにあると言える。

しかし、企業の規模が拡張されるのは、取引を内部組織化する費用が、それを市場を通じて実行する場合の費用、もしくは他の企業のなかに組織化させる際の費用と等しくなるところまでである。これは、規模の拡大にともなって、経営管理において収穫逓減が働き、生産要素の供給価格が上昇するためである。ここに、市場における価格メカニズムによる取引がそもそも存在している理由がある。つまり、企業規模の限界もまた、「市場利用の費用」の観点から、市場における価格メカニズムとの比較で決まるのである。

企業の存在理由をめぐる議論では、従来、分業や不確実性との関連が議論されてきたが、そのいづれもが、なぜ企業家による統合の力が価格メカニズムに対して置き換えられるのかを説明していないという意味で不十分なものである。また、企業の規模を確定するために従来考えられてきた費用曲線の議論も、「市場利用の費用」が考慮されていないという点で不十分なものである。

 

≪コメント≫

本論文は、社会の資源配分の調整システムとして中核的な役割を果たすと伝統的に考えられてきた「市場」のほかに、もう一つ「組織」の役割があることを演繹的に抽出し、「そもそもなぜ企業は存在するのか」という本質的な命題に対して、「市場利用の費用」という概念から単純かつ明快な解答を与えている。このような意味で、本論文はこれまでの経済学研究に対して類例のない貢献を果たしたとともに、その後のウィリアムソンに代表される比較制度分析に対する先駆的な役割を果たした研究と言えよう。今から60年以上も前にR.H.コースが初めて提唱した「市場利用の費用」という概念は、情報技術の進展が目覚ましい今日、この情報技術によって企業の境界がどのように変化していくかを考える際の基本的なフレームワークとなっている点で、その有効性は未だに失っていないと言えよう。

 

 

以 上

(文責:坂爪 裕、1998年6月10日)