Abernathy, William J.(1978)

"The Productivity Dilemma" ,The Johns Hopkins University Press.

 

≪要旨≫

本書では、フォードのエンジン工場と最終組立工場を中心とした自動車産業の事例研究を通じて、生産性とイノベーションとの関連を明らかにしている。

本書で展開される基本的な主張は、「多くの場合、生産性が増せば増すほど、その産業や企業にとって重要な機能を生み出す急速なイノベーションは低下する、また反対に、急速なイノベーションが発生している段階では、高い生産の効率性は望めないというジレンマが存在する」というものである。

つまり、産業や企業の発展段階をみると、その初期の流動的な段階では、急速なプロダクトイノベーションとともに様々な機能を追求した製品が次々に市場に導入されては消えていくが、製品の普及過程が終わりに近づくとともに、ドミナントデザインと呼ばれる支配的な製品仕様が決まり、発展段階は次第に特定的な段階へと推移していく。一方、この特定的な段階では、標準化された製品を大量生産することを背景に、製造プロセスを効率化し生産性を向上させるような漸進的かつ累積的なプロセスイノベーションが主に外部企業より持ち込まれ、市場では、次第に製品仕様による競争からコスト競争へとその性格が変わっていくというものである。

著者は、このような主張を行う上で、プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションの両方の概念を同時に扱う「Productive Unit」という分析単位を導入し、従来のプロダクトライフサイクル論や習熟曲線、経験曲線などの理論とは違って、これら両方の概念を同時に扱うことで、イノベーションに向けた機会と制約を同時に表現する一方、単なる時系列や累積生産量ではなく、各「Productive Unit」の進展段階によって、その産業や企業の発展段階を表現している。

著者は、この分析フレームワークをフォードのエンジン工場と最終組立工場を中心とした自動車産業の事例に適用し、7つの「Productive Unit」[(1)製品ライン(2)革新のモード(3)製造工程(4)業務内容(5)製造設備(6)原材料の供給元(7)製造能力]毎に流動的な段階から特定的な段階へと変遷していくプロセスを分析し、以下のような考察を加えている。

●製品ラインは、新製品が導入される度に時に逆行することもあるが、徐々に製造設備面での制約がきつくなり、次第に流動的な段階から特定的な段階へと収斂していく。この過程は、プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションは相互に関連しており、特定的な段階へと移行するにつれ、これら2つのイノベーションは相互依存性を高めていくことを表わしている。

●各「Productive Unit」の発展段階をどこに置くかという意思決定は、失われるであろうプロダクトイノベーションの発生可能性に対して、どの程度の生産性の向上が見込めるかというトレードオフ関係を見極めることに等しいものであり、極めて戦略的な問題と言える。

●各企業が競争優位性を維持獲得するためには、各「Productive Unit」全体のポートフォリオを考えなければならない。というのも、すべての「Productive Unit」を流動的な段階に置いてしまえば、革新の生まれる可能性は高まるが、反面コスト的には見合わなくなってしまう。また、すべての「Productive Unit」を特定的な段階に置いてしまえば、革新の生まれる可能性は極度に限定され、産業は成熟してコスト競争に陥ってしまう。このジレンマを抜け出す一つの方策は、競争上重要な特徴となる「Productive Unit」を除いて特定的な段階へ移行し、プロダクトイノベーションの発生する可能性を残しつつコスト効率を追求していくことである。

 

≪コメント≫

本書は、自動車産業におけるプロダクトイノベーションとプロセスイノベーションの詳細な事例分析にもとづいて、産業は、技術的に流動的な段階からより特定化された段階へと移行すると主張している。その後アバナシーは、本書で主張されるような産業の成熟化に伴う発展過程は、必ずしも一方向的に流動的段階から特定的段階に進むとは限らず、企業及び産業全体の意思によって進行方向が逆転する、つまり特定段階から再び流動段階に突入することも可能であるとし、この現象を「脱成熟化」と呼んで、成熟産業におけるその戦略的重要性を指摘している。いづれにしても、本書は、産業の発展と技術革新の関係について初めて論じた先駆的な研究であり、この研究分野におけるアバナシーの功績は特筆に値すると言えよう。

以 上

(文責:坂爪 裕、1998年5月26日)