鬼木甫
『情報ハイウェイ建設のエコノミクス』日本評論社, 1996.)
本書は、次世代通信網である「広帯域通信ネットワーク」を日本に建設するための経済問題を論じたものである。本書が執筆されたのは5年ほど前であることを考えて読まざるを得ないが、分析方法や歴史的な記述などは現在でも十分に参考になる。著者は高齢化していく日本において、音声電話網に取って代わる広域帯通信網(ここでは光ファイバーとATM交換機方式)こそは経済や社会を活性化させる重要なインフラであると位置付ける。なぜなら、広帯域通信によって実現可能なアプリケーションとして「高性能ビデオ電話」が想定されており、これによって直接会っての面談が大部分ビデオ電話に置き換えられることにより、移動によるロスが減少し、さらには情報交流の範囲が飛躍的に広がり「人間のシナジー効果」が増大するからである。その信念に基づき、著者らは広帯域通信の需要予測と費用分析をおこない、現在の通信料金の3倍程度の料金が新サービスに設定される限りにおいては、長期的(20年から30年)にこの建設投資は十分採算が見込めると結論づけている。また、本書の中では過去のアナログ電話網の建設投資を分析することによって、今後の広帯域網投資への示唆を得ようという試みもおこなわれている。そして、後半のクライマックス部分においては、広帯域通信網は必然的にディジタル技術からなり、インターフェースが明確化する帰結としてサービスの階層分離が可能となるので、電気通信産業の「上下分離」が可能となる上、それが競争上も望ましいのだという主張がなされる。本書では、最下層の物理層(ケーブル)は競争導入が望ましいが、その上にあるATM交換機によるセル伝送の階層は独占が望ましいとされる。さらにそれより上位の主に多様なサービスに関わる部分はもちろん競争が望ましいとされている。この上下分離によって、競争導入が可能な部分と不可能な部分がアンバドリングされるので経済効率上望ましい結果が得られるのである。
一読者としての感想を付け加えておこう。正直に言って、5年後の今、ATM交換機によるネットワークやそれによって想定されていた広帯域の幅は完全な時代遅れである。現在の主流は、IPネットワークであり、交換機ではなく安価なルーターを用いたネットワークである。そして、100Mbpsなどという容量ではなく、1ギガbps、1テラbpsのネットワークが視野に入ってきている。これらの技術条件の変化によって、ビデオ電話が主要なアプリケーションであるという設定や、従量制が主体の料金設定などもすでに古くさく感じてしまう。また、結果的にそうなってしまっているというだけなのだが、アナログ電話網の仕事が一段落したNTTに次の大きなビッグプロジェクトを用意してあげようというオチになってしまっている点もNTT以外の事業者や大半のユーザーにとっては引っかかる点である。さらに、無線によるアクセス網や、携帯電話の普及による固定電話の需要減少などのトピックはほとんど視野にも入っていない。などと、後講釈による批評は誰にでもできるわけではあるが、それらを差し引いても本書は1999年の今なお一読の価値がある。とくにディジタル技術がインターフェースの明示化と開放を後押しし、それまで分離が不可能であった通信サービスをアンバドリングしていくという章の記述は印象的で説得力がある。
以上
(文責:森田正隆、1999年11月17日)