西口敏宏「場への学際的接近」『ビジネスレビュー』Vol. 45, No. 2, pp.14-35, 1997.
<要旨>
本論文は、「場」に関する他の学問領域の知見を整理し、組織論における「場」理論の構築に向けた地ならし的作業をおこなったものである。以下にその要約を記す。
筆者がここで取り上げたアプローチは、現代物理学、現代生物学、そして複雑系応用工学の三つである。
現代物理学が解明したのは、物体は単独に存在するものではなく、周囲と不可分に結び付くと共に、物体の性質は周囲との相互作用という意味でのみ理解できるということであり、「場」こそがすべての粒子の根源であり、粒子の相互作用の根源でもあるといことであった。つまり、粒子は孤立した静的実態ではなく、周囲の空間構造、すなわち場との不可分な相互作用においてのみ定義し得るエネルギーを持った一つのプロセス、ダイナミックな反応、確率論的な「出来事」であるということである。
また、生物学でいう形態形成場は、胚やその他の発生システムにおける特徴的な形態がどのように生成するのかを、エネルギー的観点から見れば確率論的な出来事を通じて、システムに指示を与えることによってコントロールするものである。物理学的な場と同様、形態形成場も空間的構造であり、物質的システムに及ぼす形態形成機能を通じてのみその存在が認知できる。また、形態形成場は生物個体の変化を説明するものであるが、その延長線上に高等生物の有性生殖活動のような「運動場」が存在すると考えられる。特殊な運動場のコントロールによって個体間に多様な「コミュニケーション」がおこなわれ、分業が生まれ、動物の行動は「社会的広がり」を有するようになる。
つぎに、複雑系応用工学では、伝統的システム理論が提示してきたホメオスタシスという固定的で静的恒常性という均衡概念に代わって、ダイナミカルな安定性を示すホメオカオスを提唱している。ホメオカオスでは突然変異率が適度に保たれることにより、弱い不安定状態が実現する。ホメオカオスは多くの要素から成るシステムが多様性を保持しつつ安定性を達成するために重要だと考えられているのである。
さて、上記三つのアプローチに共通するメッセージは次のようになる。システム構成因子は、孤立した静的な実体ではなく、周囲の空間構造、つまり場と不可分なそうごさようにおいてのみ定義し得るダイナミックな「世界内存在」である。このような知見は企業組織や組織間関係に、システム内外から来る揺らぎの大きさに対応する能力が、システム自体の創造性・生命力・学習力・環境適応力を定義付けるという洞察をもたらすであろう。本論の示唆は、フラクタルな階層性を持った場の連結を意識的・戦略的にコントロールすることによって、企業組織や組織間関係をホメオカオス的に再編し、より丈夫なシステムに作り変えていくことが重要であるということである。ただし、本来「場」というものは目に見えないもので場の諸作用の結果生ずる外的指標によってしかその存在を確認することができない。組織場においても観察、指標化と測定手続きによって場を可視的にとらえ、客観化を通じてのみ場の記述手段が整うのである。これから場の諸概念の運用・操作化における注意深い客観化が求められている。
(コメント)
本論文では、学際的な考察に基づいて「場」の概念を整理し、それを組織論に応用すべく問題提起をおこなっている。ネットワーク時代を迎え、われわれが今直面しているように、「閉じた系」の静的な安定均衡は一時的な幻影であり、「開かれた系」の動的な安定性こそが世界の本質なのである。組織、あるいは組織間関係を「場」という空間における相互作用としてとらえることによって、自己言及性が生み出す秩序や創発、共進化というものが分析対象として浮上してくることになる。ネットワーク組織という言葉がここに来て、単なるファッションでなく、受け入れざるを得ないずしりと重たい現実感を伴って迫ってくるのはすでにわれわれがホメオカオスの渦中にいるからなのであろう。絶対的あるいは永続的な競争優位を閉じた系の中の安定的均衡状態に求めることはもはやできず、完全には制御できない開かれた系の中で多数のメンバーが自己言及によって操りながら操られているという動的安定の中で競争優位を築いていくしかないのである。本論文が提唱するように組織論において「場」を取りこんでいくことが重要なわけはそこにある。
以上
(文責:森田 正隆1998年9月16日)