本論文が描写したのは、「エレクトロニック・マーケット」の台頭についてである。著者らは鋭い洞察力と冷静な観察眼を持って、情報技術が持つひとつの可能性、すなわち完全競争を推し進める力について注目した。
70年代を皮切りに、情報システムを戦略的に利用する企業が現れた。情報技術の利用において先進的なそれらの企業は、顧客に対して利便性や経費削減を提供する情報システムをさりげなくかつ独占的に構築することによって、顧客の業務へと深く食い込み、そのことによってロックイン効果を獲得した。著者らはそのような戦略の有効性を認めつつも、次のような新しいシステムの登場によって、戦略型情報システムは駆逐されると主張した。その新しいシステムとは、1社に特定した電子販売経路ではなく、複数の供給業者の売りものを包括した偏りのないシステムである。ひとたびそのようなシステムを備えたエレクトロニック・マーケットが登場すると、旧来の1社専属のシステムにもはや魅力がなくなってしまうのは自明の理である。エレクトロニック・マーケットにおいては、(1)交渉費用が削減され、(2)取引費用が削減され、(3)望ましい売り手を見つけやすくなるので、一定の財やサービスを自ら生産するよりもむしろ市場から買う方が魅力的になる。
彼らが示すものは、従来、Williamsonらが主張してきた「Markets and Hierarchies」の二分法に基づきながらも、結論は正反対に動くと語っている点で斬新である。取引費用分析では、一般に技術の進歩は階層組織の運営を助ける方向に強く働き、そのことによって垂直統合がさらに促進されるという説明がなされてきた。だが、著者らは、情報技術は、市場調達に要する取引費用を削減することによって、完全競争に近い市場の到来を促進すると予想したのである。
現実的には、情報技術は市場取引にともなうコストを削減する可能性を持つと同時に、組織内の内部取引のコストを削減する可能性をも併せ持つ。しかも、個々の経済主体は情報処理能力に限界がある、ないしは情報処理にコストがかかるので、単純に完全情報・完全競争の市場に至るとは言い切れない。現在のインターネットなどを見たとき、膨大な情報を集約したり、客観的基準にもとづきランキング評価を下したり、あるいは主観的選好の結果を公開したりすることによって、情報処理を代行するプレイヤーが現れている。このことは、個々の主体にとっての情報処理能力の限界を補うような役割を果たしているといえよう。そのようなダイナミクスまで見ていかなければ、著者らのいうエレクトロニック・マーケットの本質には迫れないだろう。しかし、本論文が発表された1989年という「大昔」の時点で、電子市場の可能性を鮮やかに示した点で本論文は輝きを持っていると言えよう。
以上
(文責:森田正隆, 1998年6月17日)