Polanyi, Karl, "The Great Transformation", Beacon Press, 1957.

(邦訳:吉沢英成・野口建彦・長尾史郎・杉村芳美訳『大転換―市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社, 1975年)

●要旨(中心的な章ごとのまとめ:本文参照を中心として)

★平和の100年

●十九世紀文明の四つの制度:十九世紀文明は四つの制度のうえに成り立っていた(p.3を参照)。

・一世紀のあいだ長期的破壊的な強大国間の戦争の勃発を完全に回避してきたバランス・オブ・パワー・システム

・特異な組織である世界経済を象徴する国際金本位制

・前代未聞の物質的繁栄を生み出した自己調整的市場

・自由主義的国家

→「ある分類にしたがえば、これらのうち二つは経済的なものであり、残りの二つは政治的なもの」(p.3)であり、また別の分類によれば、「二つは国内的なものであり、他の二つは国際的なもの」(p.3)であって、これら四つが統合して現代文明の歴史の輪郭の特徴を決定していた。

●十九世紀システムを解く鍵:これら4つの制度のうちでは、金本位制が決定的であった。「その崩壊が文明の破局の近因となった」(p.3)からである。金本位制が崩壊してしまうまでに、それを救済しようとする無駄な努力のために、他の制度のほとんどが犠牲にされてきた。しかしこのシステムの源泉と母体は自己調整的市場であった。金本位制はたんに国内市場システムを国際分野に拡大しようとするひとつの企てにすぎず、バランス・オブ・パワー・システムは金本位制のうえに築かれ、そして金本位制を通して部分的に機能する上部構造であった。自由主義国家というものはそれ自体が自己調整的市場のつくりだしたものであり、十九世紀的システムを解く鍵は市場を支配する法則にあったと言えよう(pp.3-4を参照)。

●自己調整市場の矛盾:自己調整的市場という考えはまったくのユートピアであった、というのがわれわれの命題。自己調整的市場という制度は、社会の人間的・自然的な実体を無にしてしまうことなしには、一時たりとも存在しえないであろう。それは人間の肉体を破滅せし、人間の環境を荒漠たるものに変えてしまった。社会は否応なく、自分自身を防衛する措置をとったが、しかしその措置が市場の自己調整作用を損ない、経済生活を混乱させ、社会をさらにもう一つの危険に陥れてしまった。このディレンマが、まさに市場システムの発展を一定の鋳型にはめこんでしまい、ついには市場システムを基礎にした社会組織を崩壊させたのであった(p.4を参照)。

 

★社会と経済システム

●市場経済とは:市場経済とは、「諸々の市場からなるひとつの自己調整的システム」(p.57)のことである。さらに「市場価格によって統制される経済、そして市場価格以外には何ものによっても統制されない経済のこと」(p.57)である。外部からの助力や干渉なしに経済生活の全体を組織化することができるこのようなシステムは、たしかに自己調整的と呼ぶことができる。しかし、われわれの時代より前には、原理的にさえ、市場に統制される経済が存在したことは一度もなかったのである(p.57を参照)。

→アダム・スミスを始祖とする非文明的人間文化への侮蔑への批判。

●人間の経済の特質:人間の経済は、一般に、人間の社会的諸関係のなかに沈み込んでいる。人間は物質的財貨を所有するという個人的利益を守るために行動するのではない。人間はみずからの社会的地位、社会的権利、社会的資産を守るために行動する。人間は、この目的に役立つ限りでのみ物質的財貨に価値をみとめるのである。生産過程も分配過程も、財貨の所有とむすびついた特殊経済的利害とはつながりをもたない。これらの過程におけるどの一つのステップをとってみても、結局はそうしたステップがふまれることを要求するような、多数の社会的利害と絡み合っている。狩猟ないし漁撈小共同体と大専制社会とでは、これらの社会的利害は大きく異なっているであろうが、どちらの場合にも、経済システムは非経済的諸動機にもとづいて動かされるであろう(p.61を参照)。

→西メラネシアのトロブリアンド諸島のクラの事例。経済的動機が社会生活の文脈のなかからどのような形ででてくるのか。その解答は、クラで見られる、互恵(reciprocity)および再配分(redistribution)原理(p.63を参照)。

●第三の原理:互恵(reciprocity)、再配分(redistribution)の原理に加え、自らの使用のための生産である、家政(householding)の原理も重要である。自分の家計の必要を満たすという習慣は、農業水準が発達して初めて経済生活の特徴となる。だがその場合でさえ、利益動機や市場制度と共通する点を少しも持たないことに注目しなければならない(p.70を参照)。

●十九世紀以前の経済システム:西ヨーロッパで封建制が終焉を迎えるまでの経済システムは、すべて互恵、再配分、家政、ないしはこの三つの原理の何らかの組み合わせにもとづいて組織されていたと言える。これらの原理は、対称性、中心性、自給自足というパターンを利用する社会組織の助けを借りて制度化されていた。この枠組のなかで、財の秩序ある生産と分配が、行動の一般的原理に律せられた種々様々の個人的動機を通じて保証されたのである。これらの動機のなかでは、利得は重要視されていなかった。慣習や法、呪術や宗教が共に作用して、個々人を経済システムにおける行動法則に従わせたのである(p.72を参照)。

 

★自己調整的市場と擬制商品−労働、土地、貨幣

●経済システムと社会システム:われわれの時代以前には、市場は経済生活にとってたんなる付属物にすぎなかった。一般に経済システムは社会システムのうちに埋没していて、その経済においていかなる行動原則が支配的であっても、市場パターンはそれとは両立できていた。このパターンの基礎にある交易や交換の原則は、自余の領域を犠牲にしながら広がっていく傾向をもってはいなかった。重商主義システムのもとでのように、諸市場が最も高度に発展をみたところにおいてさえ、市場は、小農の家計においても国民生活に関しても自給自足を助長した集権的政府の統制下で繁栄したのである。規制と市場は、実際、並行して拡大した。自己調整的市場は知られてはいなかった。それどころか、自己調整の理念の出現は発展の方向からすればまったくの逆転現象だったのである(p.91を参照)。

●市場経済:市場経済とは、市場のみによって統制され、規制され、方向付けられる経済システムであり、財の生産と分配の秩序はこの自己調整的なメカニズムにゆだねられている。この種の経済は、人間は貨幣利得の最大化を達成しようとして行動するという期待から導き出される。この経済は、ある価格で入手できる財(サービスを含む)の供給がその価格での需要とちょうど等しくなるような市場を前提としている。また、それは所有者の手にあって購買力として機能する貨幣の存在を前提としている。生産は、その場合価格によって支配されるだろう。他方、財の分配もまた価格に依存するだろう。価格は所得を形成し、生産された財はもっぱらこれらの所得に応じて社会の諸成員のあいだに分配されるからである。これらの諸前提のもとでは、財の生産と分配の秩序はただ価格によってのみ保証されるのである(pp.91-92を参照)。

 

★スピーナムランド−1795年

●大転換の転機となったスピーナムランド法:十八世紀社会は、社会を市場のたんなる付属物にしようとするどのような試みに対しても無意識に抵抗した。労働市場をもたない市場経済などは考えられなかったが、労働市場を確立するということは、とりわけイギリスの農村文明において、社会の伝統的な骨組みを全面的に破壊してしまうということにほかならなかった。1795年から1834年までの、産業革命がもっとも活発に進行した時期において、イギリスにおける労働市場の創出を妨げていたのはスピーナムランド法であった(p.103を参照)。

 

★複合社会における自由

●利己心にもとづく市場社会の弱点:盲目的な進歩の一世紀ののち、人間はその生活を回復しつつある。もし産業主義(industrialism)が人類を消滅させるものでないとすれば、それを人間本来の要求に従わせなくてはならない。市場社会に対する真の批判は、それが経済にもとづいていたということにではなく、その社会の経済が利己心にもとづいていたということにある。そうした経済生活の組織はまったく不自然なものであり、経験的に厳密にいえば例外的なものである。経済史の示すところによれば、全国市場の出現は、けっして経済的領域が政治的支配から漸次かつ自然発生的に解放された結果ではなかった。それどころか、全国市場なるものは、非経済的な目的から市場組織を社会に押しつけた政府の、意識的で、しばしば暴力的な干渉の結果であった。そして、十九世紀の自己調整的市場は、その調整が経済的な利己心に依存していたという点で、十九世紀直前の市場とすら根本的に異なっていることがわかる。十九世紀社会の本来的弱点は、それが産業社会であったということではなく、市場社会であったということだ(pp.333-335を参照)。

●われわれは、諸国家の内部に、経済システムが社会を支配することをやめ、社会のほうが経済システムに対して優位にたつことを保証するような一つの発展を目撃している。これは、非常に多様なかたちで、すなわち、民主的・貴族的、立憲的・権力的な方法で、あるいはおそらくいまだまったく予知することさえできぬ形態で生ずるかもしれない。ある国の未来派、すでに他の国の現在となっているかもしれないし、ある国は依然として他の国の過去を体現しているかもしれない。しかしいずれの場合でも結果は同じである。つまり、市場システムはもはや原理的にさえ、自己調整的なものではなくなるであろう。というのは、市場システムは労働・土地・貨幣を包含しなくなるであろうから(p.336を参照)。

●自由の問題:自由の問題は、二つの異なった面で生ずる。一つは制度的な面、もう一つは道徳的ないし宗教的な面である。制度的な面では、自由の拡大と縮小とをバランスさせるということが問題なのであり、まったく新しい問題に出くわすというわけではない。より根本的な面では、自由の可能性そのものが疑わしい。自由を維持する手段それ自体が、自由を粗悪化し破壊しているように見える。現代における自由の問題にとっての鍵は、この後者の面で求められねばならない。制度というものは、人間の意味と目的とが具現化されたものであるからだ。もしわれわれが、複合社会における自由の真の意味を理解しないならば、求める自由を手に入れることは不可能である。崩壊した市場経済から受け継いだこれらの高い価値(自由)を、われわれの力の及ぶかぎり、あらゆる手段を駆使して維持するよう努めなければならない。市場経済のもとでは、自由も平和も制度化することはできなかった。というのは、市場経済の目的は利益と繁栄をつくり出すことであり、平和と自由をつくり出すことではないからである。すなわち、平和と自由とは、われわれが目指す社会の選択目標とならなければならない(pp.339-340を参照)。

●自由のディレンマ:自由それ自体の意味がまったくのディレンマにある。自由主義的経済はわれわれの理想に誤った方向を与え、本質的にユートピア的な期待を実現していくかにみえた。だが権力と強制のない社会などありえないし、力が機能しない世界もありえない。社会が人間の意志と願望のみで形成されると想定するのは幻想である。しかし、これは経済を契約関係と同一視し、契約関係を自由と同一視した市場的社会観の結果であった。人間社会には、個人の自由意志に由来していないものはないし、その自由意志によってふたたび取り除くことのできないものなどないという極端な幻想が醸成された。視野は、市場というものによって限定されてしまったのである(pp.344-345を参照)。

●自由の再認識:市場ユートピアを放棄することによって、われわれは社会の現実と向き合うことになる。それは一方を自由主義、他方をファシズムと社会主義に区分する分離線なのである。これら後二者の相違は、本来経済的なものではない。それは道徳的かつ宗教的なものである。それら二つが同一の経済学を自称しているところにおいてさえ、それらはたんに相違しているだけでなく、正反対の原理の表現なのである。そして、それらが究極的に分かれる点は、やはり、自由をめぐってである。ファシストも社会主義者もともに、人間の意識のなかに死の認識を形成させるような極限観によって、社会の現実を受けとめる。権力と強制はそうした現実の一部であるそれらを社会で禁止するという理想は無意味である。ファシズムと社会主義が分かれるところは、こうした認識に照らして自由の概念が是認されうるのかどうかという点にある(p.346を参照)

 

●コメント

本書は、19世紀文明を、強大国間のバランス・オブ・パワー・システム、国際金本位制、自己調整的市場の登場、自由主義的国家の誕生という相互補完的特徴を見出し、その本質は、自己調整的市場であったと述べた。19世紀システムは、自動調節的市場の変化により、金本位制が崩壊し、バランス・オブ・パワー・システムが機能しなくなって、世界大戦に陥ったことによって崩壊した。20世紀は、19世紀システムの反省もふまえ、経済システムが社会を支配することをやめ、社会のほうが経済システムに対して優位にたつことを保証するような社会の構築を提言している。そのためには、経済学が未開の社会と侮蔑する互恵(reciprocity)、再配分(redistribution)、家政(householding)の原理を見直し、経済的利己心からの呪縛から離れ、市場に限定されない真の自由を求めるべきであると説いた。昨今のインターネットの普及で、個の情報発信能力は高くなり、社会、経済活動の性質は変容している。新しい形態のコミュニティーの発達、市場経済の法則にのりにくい情報財の登場は、社会をどのように「大転換」させるのか、私たちに与えられた重要な研究テーマであろう。

飯盛義徳(2002617)