夏井高人,『ネットワーク社会の文化と法』,日本評論社,1997年.

●要旨
 本書は,ネットワーク社会において,文化がいかに影響を受け,さらには法もいかに変動がもたらされるかを論じたものである.
 現代における情報化あるいはネットワーク化の進展は,デジタル技術による完全な複製が容易にできるという「リサイクル化」と,必要に応じて情報にアクセスできるという「オン・デマンド化」によって特徴づけられるという.これらは,人間の文化に少なからず影響を及ぼす.
 著者は,芸術について,すべての芸術は「刺激の模倣」(p.82)に過ぎないという.つまり「どのように複雑に組み合わされたものであっても,それは,単純な複製ではないというだけ」(p.82)ということを意味する.さらに,「芸術は,元来,模倣の複合すなわちリサイクルを基盤とする文化現象であったが,コンピュータ上では,そのことが露骨に現れる.そして,ネットワーク社会においては,それが相当大規模に繰り返されることになる可能性がある」(p.84)という.
 この結果,マルチメディアなどの知的財産権の問題が生じる.マルチメディア・コンテンツは,多様な素材をリサイクルしてつくられており,それぞれについて著作権の有無や,著作権者は誰かなどといった問題が含まれる.マルチメディア・コンテンツとは権利関係が複合的に集積しているものということができ,これを扱うための法による対応が望まれるとする.
 マルチメディアの問題以外にも,ネットワーク化が法に与える影響は多い.本書では,ネット上の基本的人権や,コンピュータ犯罪への対応と電子証拠,個人情報の保護,労働契約の変容,法情報の開示といった問題が議論される.
 著者は,ネットワーク社会で生きるための最低限の保証は,ネットワーク内の情報に対するアクセス可能性の確保によって成立するという.つまり,ネットワーク上での犯罪や問題行為についての「アクセス不可能にする」というペナルティは「ネットワーク社会における死刑の実行を意味する」(p.228)のである.「ネットワーク社会が現実に人類社会の基本的な社会組織形態となったときは,ネットワーク内の情報にアクセスすることのできる可能性の維持を基本的人権として確保する必要がでてくる」(p.228)のである.しかしながら,重要なことは「社会が情報化されネットワーク化されてきた結果,人類は主権国家の法のカテゴリーからはみ出て生活せざるを得なくなってきた」(p.248)ということであり,これに対処するために「21世紀の法学の基本使命は,ネットワーク社会を含む地球全体における法源の探求でなければならない」(p.249)と説いている.

●コメント
 文化の形成において新たな創作が生み出されることは重要な要素であり,その創作へのインセンティブを確保するために,複製や模倣などを制限することは必要であると考えられる.しかし他方では,ネットワーク上の自由な連結が,新たな知識やアイデアを生み出すこともあると思われ,極端な制限は好ましくないだろう.ネットワーク社会が,インターネットやコンピュータをはじめとする技術によって支えられていることを考えれば,レッシグが主張するように技術が変わればネットワーク社会も変容しうる.規制と自由とのバランスをとりながら,ネットワーク社会を形成する技術と法律が共進化することが必要なのではないだろうか.

林 幹人(2002年6月10日)