Malinowski, Bronislaw, "Argonauts of the Western Pacific", Routledge and Kegan Paul, 1922.

(邦訳:寺田和夫・増田義郎訳「西太平洋の遠洋航海者」,泉靖一編集『マリノフスキー レヴィ=ストロース』(世界の名著第59巻),中央公論社, 1967年)

 

●要旨(本文の参照を中心に)

●クラとは:クラとは、ニュー・ギニア本島東端から、トロブリアンド諸島、ソロモン諸島をつなぐ周辺の部族間に広範に行われる交換の一形式の交易組織であり、おそらくクラの圏内に住む諸部族は全て同じ人種集団に属している。クラでは、P147の地図5で示されるような多数の島を結ぶルートに沿って、2種類の品物(クラの財宝:「ヴァイグア」)が常に逆の方向に回り続ける。この1つの品物はつねに時計の針の方向に回っている「ソウラヴァ」と呼ばれる赤色の貝の長い首飾りである。逆の方向に動いているものは、「ムワリ」と呼ばれる白い貝の腕輪である。これらの品物はそれぞれ、閉じた環のなかを動いていく間に、種類のちがういろいろな品物とと交換されていく。クラの品物の移動、取引は、すべて伝統的な規則と習慣によって決定され、クラの行事のいくつかは、荘厳な呪術儀礼と公的な儀式をともなう(pp.146-147を参照)。

●クラの仕組み:どの島でも、どの村でも、程度の差こそあれ、かぎられた数の男たちがクラに参加する。財貨を受け取り、これを短期間所有して、それから次に送る。だから、クラに関するすべての男は、規則的にではないが、ときどき一ないし数個の「ムワリ」か「ソウラヴァ」を受け取り、それを取引相手の一人に渡さなければならない。その相手からは、交換に反対の品物を受け取る。このようにして、品物のどちらをも長期にわたって所有しつづけることはない。また、一つの取引で、クラ関係が終結するのではない。クラにはいれば、ずっとクラに属するのが規則であって、二人の間の相互関係は、終生続く永久的なことがらである。さらに、任意の「ムワリ」または「ソウラヴァ」はいつも旅をつづけ、所有者を変えていて、一箇所に落ち着くことはない。それは、島と島をつなぐ大規模なものもあれば、隣家を交流するものもある。ただ、「ムワリ」と「ソウラヴァ」はお互い反対方向に循環しているため、「ムワリ」をくれる隣家には、「ソウラヴァ」を送ることになる(pp.147-148を参照)。

●クラの二次的活動:クラにはときには危険な海でへだてられたに地区の間で行われねばならず、おおぜいの人が海を越えて約束の日に間に合うように航海しなければならない。とくに、カヌーの建造、航海用具の準備、遠征隊の準備、進水儀式等様々な準備が必要になる。また、「ムワリ」と「ソウラヴァ」の儀礼的交換と同時に、原住民は通常の交易を行う。どの地区でも不可欠の日用品のうち、輸入しなければ手にはいらないものがいろいろあるので、これを島から島へと運んで物々交換するのである。さらに、遠征のための援用カヌーの建造、大規模な葬式、準備のためのタブーなど、クラのための予備的な活動、クラと結びついた活動もある(p.148を参照)。

●クラと全体的輪郭:後半で複雑な、それでいて秩序のある制度と思われるクラは、法も目的もはっきりと定められた憲章も持たない野蛮人が行う非常に多くの行動と仕事の結果だということを認識しなければならない。彼等は、社会構造の全体的輪郭について、知識をもってはいない。自分の同期は知っているし、ここの行為の目的や、規則も知って入るが、どのように全体的制度が形作られているかということに関しては知能の範囲を超えているのである(pp.148を参照)

●クラと交換:原始的交換は、儀式も秩序もなく、有用なあるいは不可欠の品物の交換を不規則かつ間欠的に行うことであるとされている。この見方に従えば、だれもが損をしないように警戒しながら直接的に物々交換をするか、野蛮人がきわめて臆病で、相互の信頼がなく直接接触できない場合には、重い罰則を定め、課せられた義務が履行されるように、ある種の慣習的なとりきめをするか、そのいずれかの仕方で交易が行われることになっている。しかし、クラは不安定な、内密の交換形式ではない。神話に根ざし、伝統的な法にささえられ、呪術的な儀礼にとりまかれたものである。その主要な取引は、すべて儀式をともない、公的な性格をもち、一定の規則によって行われる。それは偶発的に行われるのではなく、前もってきめられた日に規則的に行われ、きめられた約束の場所に向かう一定の交易ルートに則って行われるもので、特殊な信用の形式に基礎をおき高度の相互信頼と商業道徳を必要としている交易なのである(p.150を参照)。

●クラにおける「ヴァイグア」の特質:真にすぐれたクラ用品は、固有の名前をもち、それをめぐる原住民の伝説には、一種の歴史と物語がある。戴冠式の宝石と家宝は、それぞれ高位のしるしであり、富のシンボルである。むかしのヨーロッパでも、数年前までのニュー・ギニアでも、身分と富とは相ともなったものであり、主な相違点は、クラの財貨がほんの一時的に所有されるのに、ヨーロッパの宝物が完全な価値をもつためには、永久に所有されねばならないという点なのである(pp.154-155を参照)。

●クラの交換の原理:クラは儀式的な贈物を与えることであり、その贈物にはある時間(それは1年あるいはそれ以上のこともあるし、数時間でもかまわない)をおいて等価のお返しをしなければならない。この場合、議論して二つの価格を合わせ、その場で相互に交換することは決して許されない。クラ取引の作法は厳格に守られる。これは物々交換とは明瞭に区別されている。また、代償としての品物の見積もりは、それをくれる人にまかされていて、いかなる強制もしてはならない。クラの贈物を受けた人は、公正に同等の価値のあるものを返すことを期待され、非常に立派なものでも、それと等価の一個の品物で返さなければならない。お返しとしてもらった品物が等価でないとき、受け取った人は落胆し憤慨するが、これを救う方法はなく、相手に強要したり取引を停止することはできない仕組みになっている(pp.160-161を参照)。

●クラの意味:クラの特異な特徴の一つは、その本質そのものをなしている取引自体の性格である。なかば商業的、なかば儀礼的な交換であるクラは、ものを所有したいという深い欲望をみたそうとして、それ自体を目的として行われるのである。しかし、それが普通の所有ではなく、特殊な型の所有であって、二つの種類の品物を短期間だけ相互に所有することである。所有の状態は、恒久性の点では完全ではないが、その代わりに、つぎつぎと所有する人の数の点では累積的所有と言えるだろう。また、もう一つの重要な側面は、富に対する原住民の心の態度である。彼らが富のしるしと考えている「ヴァイグア」は、貨幣とか通貨として使われたり、みなされたりすることがない(p.332を参照)。

 

●コメント

本書は、クラという儀式を題材に、経済的交換だけでなく、社会的価値の交換が可能な事例を紹介し、その原理を分析している。またフィールドワークと呼ばれる研究手法の始祖ともなった。経済的交換においては交換の媒体として貨幣が存在するが、クラで交換される「ヴァイグア」の非貨幣的な側面を際立たせ、伝統的であり、かつ現代の私たちにとっては、新しいタイプの交換の可能性を提示している。クラにおける「ヴァイグア」(永久的私有が認められず、価値が減耗しない財としての特徴)の交換は、顔の見える人間同士のコミュニケーションの媒体であり、閉じたネットワークにおける秩序の基盤になっている。クラの交換は、経済的交換だけではうまくいかない、ネットワーク社会における情報財の価値の交換についてもたくさんの示唆を与えてくれるだろう。

飯盛義徳(2002610)