公文俊平『情報文明論』NTT出版, 1994年

●要旨(章ごとのまとめ)
 本書は、近代文明を、それ以前の宗教文明、それに続くと思われる智識文明に挟まれた文明と位置づけ、Polanyiの『大転換』に対する批判的視点から、近代文明の第三局面と定義している情報文明、そして来るべき智識文明の様相について情報を中心として幅広い観点から分析したものである。以下に主な章ごとに要約を展開したい。

★文明と文化
●文明の定義:「人間が意識的に作り出した有形無形の人工物の体系」(p.4)。
・科学や技術、思想や宗教などの知識や情報
・経済行為や政治行為、あるいは芸術やスポーツのような人間が営むさまざまな相互行為や自己表現行為
・慣習や法律、その他各種の制度や機構のような、人間の行為を制約したり定型化したりするさまざまな社会的取り決めや仕組み
・人間の行為の手段や産物としての用地・建物、道具・機械、その他各種の財・サービス(p.4を参照)
●文化の定義:「無意識のうちに学習し、応用し、伝達していくような人間の思考や行動を制約したり組織化したりする上での組織・設計原理」(p.5)。
→文化とは「文明の設計原理」(p.5)であり、文明とならぶ、社会の構成要素の一つ。

★文明の多系的進化論
●特殊進化と一般進化:進化とは、「環境と相互作用している事物に生ずる、ある種の非可逆的は変化過程」(p.47)。
・特殊進化…「社会とその環境との相互作用の結果、社会の構造や機能が変化していく歴史的な過程」(p.50)。
・一般進化…「より少ないエネルギー転換からより多いそれへ、より低い統合レベルからより高いそれへ、そして、より小さい一般的適応能力からより大きいそれへの推移」(p.52)。
●多系的進化の見取り図(http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/i_civil/00_04_10/00_04_10_4.htm)


●近代文明の位置づけ:近代文明を、それ以前の宗教文明、それに続くと思われる智識文明にはさまれた文明と位置づけ、近代文明が限定・発展指向型、未来志向型の文明であるのに対して、宗教文明も智識文明も包括・存続指向型、過去指向型の文明である。そして、近代文明自体は、軍事化、産業化、情報化の局面を経ながら発展していく、「初期軍事・産業・情報文明」なのであり、現在は産業化に続く情報化の局面を迎えている時点である。それに続くのは、智識文明としての「後期軍事・産業・情報文明」であり、そのための技術や財や制度を蓄積している段階なのである(まえがきi、pp.63-67を参照)。

★主体
●主体(actor、agent):社会の中での文明の作り手であり、「個々人や集団をさす抽象的な分析概念」(p.82)。人間は、物体、物質、生体としての側面だけではなく、主体的存在という特質がある。主観的な意味でも目標追求的であるし、失敗もあるし、非合理的な場合もあるし、学習機能もある。このように主体とは、「人間がもつこのような性質に焦点をあわせ、それを解明するための理論的な道具としてつくられた概念」(p.83)のこと。
●世界:世界とは、「主体とそれをとりまく環境とのこと」(p.84)。そして、世界は以下の性質をもつ(pp.84-85)。
・世界は時間および空間という座の上にのっていて、それ自体はさまざまな部分と部分相互間のさまざまな階層関係から成り立っている。
・事物(階層部分と部分相互関係)が、それがもつさまざまな特性の値としての状態を持っている。
・事物の状態は、時間的により過去に属する世界や個物の状態をその産者とする産物として生じている。産物をその産者と結び付けている関係が産出関係である。 
●主体と行為(http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/i_civil/00_04_10/00_04_10_2.htm)


●情報の概念(pp.92-104を参照)
・形式(パターン)としての情報:最広義
・表象(イメージ)としての情報
・信号(シグナル)としての情報
・記号(シンボル)としての情報
・言明としての情報
・メッセージとしての情報
・(狭義の)情報:主体との関係で情報とよぶときは、この狭義の情報を採用する。
主体にとっての狭義の情報

同書、p.102
●行為の理念型:以下の3つを統合した発展論的アプローチを提言(p.109を参照)。
・結果として主体の発展をしばしばもたらすような純粋合理的行動としての行為
・原則主体の諸特性を維持する方向に機能するが、文化自体の変異の結果としての主体の進化をもたらすこともあるような遺伝的、文化的に条件づけられたり枠づけられたりした行為
・結果として主体の進歩をもたらすことがありうるような、理想に導かれた行為
●財とサービス
財の基本分類図

同書、p.112
→目標財(それ自体の存在状態を主体の行為によって変更可能)、手段財(産出関係の産者として活動しはじめるようにすることができる)、経済財(目標財でも手段財でもあるもの)、環境財(それら以外)(p.112を参照)。

★主体間の相互作用

主体の対社会境界

同書、p.138
★複合主体
●相互行為の2つの傾向:(pp.159-160)
・相互行為をしあっている主体同士がさまざまな面で同質化して、共通の文化をもつようになる傾向。
・相互行為の恒常化、定型化、規則化の傾向。
→共通の文化をもち、恒常的な相互行為による結合関係が形成され、個々の主体に通有されるにいたっているときにその全体のことを「社会システム」と呼ぶ。また、共通の価値観、文化が存在してるということは、定型化しうる権利義務関係がシステムの中に広く設定されていることを意味する。社会システムにみられる相互行為に課せられている社会的制約のことを社会秩序と呼ぶ。
●複雑な社会システムの中での情報:(pp.178-180を参照)
・制御情報:相互制御のために授受される情報
・交流情報:相互制御を直接の目的としない、純粋なコミュニケーションとして授受される情報
・情報財:相互制御の結果として提供される情報
●文明進化の3つのタイプ:発展、革命(文化の突然変異)、邂逅(外部の異なる文明との接触がもたらす新たな進化)(p.192を参照)

★社会システム

三つの社会ゲームの対照表

同書、p.215

★社会システムとしてのネットワーク
ネットワークの階層的概念モデル(青柳)

同書、p.223
●ネットワークの定義:(広義の)ネットワークとは、「説得、誘導型の行為がその中での支配的な相互制御行為となっている社会システムの総称」(p.239)である。狭義には、「通要、互酬型の行為がその中での支配的な相互制御行為となっている社会システムの総称」(p.240)。

★日本の文明と文化
●日本の近代社会の構造:以下の3層で構成されている(pp.263-264)。
・間柄主義文化の通有者としての個人ならぬ間人が構成する基層
・中世以来日本の社会構成単位の中核をなしてきたイエ型組織によって構成されている中層
・ほとんどが公式的にあるいは準公式的に制度化されている多種多様なネットワークが重層的に重なりあっている表層
●ネットワーク文明の未来:現代日本の文明の短所と長所をふまえ、情報技術の進展は、文明への反省というプロセスを経て、ネットワーク化の傾向を示し始める。これからは、日本の文明の長所を世界に普及させると同時に、他の文明に学んで短所を克服するという文明間のコエミュレーション(切磋琢磨)が重要(pp.282-283)。

★近代文明の進化過程
●近代化の第三局面:21世紀への社会変化の見通しは以下の通り(pp.352-353)。
・近代化の第一局面の威のゲームの正統性は失われ、現実にプレーされることも稀になる。
・近代化の第二局面の富のゲームは、変質しつつも依然としてプレーされる。
・近代化の第三局面の智のゲームの普及がはじまり、富のゲームのプレヤーの企業と智のゲームのプレヤーの智業との間の共同関係が発展。
●智のゲームの特徴:智のゲームの特徴は以下の通り(pp.365-366)。
・智のゲームのプレヤーは、情報権を神聖視し、智業と呼ばれるネットワーク組織型の複合主体である。
・智業の活動の場は、智場と呼ばれる非主体型の社会システムである。
・智のゲームのルールは、知識、情報の研究と普及にかかわるルールで、さまざまな種類の情報権の設定や行使、制限や移転等にかかわるルールである。

★情報文明の諸相
●コミュニケーションの三態:マス、パーソナル、に加え、グループ(集団:両端にマスとパーソン)(pp.395-397)。
●グループメディアのパラダイム:インターネットを代表としたメディアのパラダイム(pp.398-399)。
・統合デジタル型メディア(どの機種も接続可能な、情報処理と通信が一体化したもの)
・オープンなメディア(だれでも、いつでも、どこでもコミュニケーション可能なもの)
・自律分散型メディア(各々が高度の自律的な情報処理能力をもつ各人が互いにもちよってつなぎあわせてネットワークを形成することで生まれるメディア)
●智識文明の胎動:智識文明は、近代文明が生み出したさまざまな資産を活用し、新たなものを生み出していくだろう。その意味で、近代文明の後継文明としての後期軍事・産業・情報文明である。さらに、智識文明は、包括・存続型の文明として、過去の同型の文明、とくに宗教文明からも多くのものを学ぶはずである。これからは、過去の文明の智恵を真剣に再検討しなければならない(pp.423-425を参照)。

●コメント
 本書は、文明を幅広い観点から俯瞰し、情報というキーワードを中心に、社会学、経済学の学際的視点で分析したもので、これからの社会システムのあり方に多くの示唆を与えている。梅棹の『情報の文明論』をさらに進化させ、情報や文明、ネットワーク、システムに関する理論的検討は緻密であり、著者独自のオリジナリティ溢れる分析は公文史観とも評することができ、情報という、定義が曖昧な財に対してのアプローチの重要な視点となる。公文が言及しているように、昨今は、情報が媒介となり威、富、智が相互補完関係になっており、これから文明の諸相がどのように変容していくのか、特に智識文明を迎えるにあたって、我々はどのような社会システムを構築していく必要があるのか、興味深い論点を提供している。これほどの幅広く、かつ綿密な分析を実現し、将来の情報文明への深い洞察を行った書籍は他を見ないのではないだろうか。この分野の研究を志す学究の徒には必読書であろう。なお、本書と梅棹の比較については、http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/i_civil/index.htmlに詳しい。参考にされたい。

飯盛義徳(2002年5月20日)