Krugman, Paul, "The Self-Organizing Economy", Blackwell, 1996.
(邦訳:北村行伸・妹尾美起訳『自己組織化の経済学』東洋経済新報社, 1997年)

●要旨
 本書は、経済学以外の分野で学際的に研究されている複雑系という概念を、経済学者の本流とも言えるKrugmanが経済学に適用してみた意欲的な試みである。複雑系の概念は、生物学や物理学で活用されるようになり、経済の複雑なシステム研究に大きな貢献が期待されていたものの、本格的な経済学者が研究に取り入れなかったためメジャーにはなりえなかった。Krugmanは、複雑系の概念に対して積極的な態度で活用し、学際的な研究を取り入れることで経済理論をさらに進歩させることができると期待している。
 Krugmanによると複雑系の定義には以下の3点があるという。
・複雑なフィードバック・システムが驚くべき振る舞いをする
・創発の科学
・自己組織化システム
複雑なフィードバック・システムに関しては、経済学では昔から一般均衡理論として重要性を理解していた。ただし、一般均衡理論の場合、ネガティブ・フィードバックが支配的なため、一般均衡に収束すると想定される。創発の科学に関しては、アダム・スミスの見えざる手以来、この創発の概念を伝統的に活用してきたと言えよう。最後の自己組織化システムに関しては、経済学者がこれまで考えてきたようなことではない。ほとんど均衡の状態かランダムな状態から、大規模なパターンを形成するシステムであり、都市の形成や景気循環等の経済も自己組織化システムと呼称できるだろう。
 このように、ブームになっている複雑系の概念のほとんどは、経済学では昔から動学的なアプローチのなかに含まれていたのであり、なにも目新しいことばかりではないのである。では、経済学では複雑系の研究から学ぶものは何もないのであろうか。Krugmanは、その研究成果の一部として、性能の上がったコンピュータの活用によりシミュレーション、数値解析の手法が活用でき自己組織化のメカニズムを分析できるのではと考えている。
 Krugmanは、コンピュータを活用した都市の発展のモデルを用いて、都市発展が自己組織的に行われることを発見した。単純な式(遠心力と求心力)からエッジシティが誕生したり、中心空洞化が発生することを明らかにした。その原理は、円周上のある地点をxとし、λ(x)をその地点における起業密度(企業数)であるとすると、市場潜在力方程式は、
P(x)=∫z[A exp(-r1Dxz)-B exp(-r2Dxz)]λ(z)dz
(Dxzは立地xと立地zの距離で、Aは求心力、Bは遠心力)
であらわせ、AとBの関係の差異で都市の自己組織化が生じるのである。これらのシミュレーションから理解できる経済行動を説明するのに有益な自己組織化の原理は、
  ・不安定から生じる秩序
  ・ランダムな成長から生じる秩序
 である。不安定から生じる秩序とは、「均等なあるいは無秩序な構造が不安定であるようなシステムから秩序が自発的に創発する」(p.156)ということである。ランダムな成長から生じる秩序とは、「期待成長率が規模と無関係であり、実際の成長率がランダムであるような成長過程によって」(p.156)、事象の規模分布がベキ乗則に従っているものである。

●コメント
 Krugmanは、自己組織化経済を考えるメリットについて、「経済学の考え方を改めさせてくれるような新しい発想は、通常、何らかの政策的含意をもっているものだが、現時点ではわたしには適切な政策的含意は思いつかない」(p.157)と述べて、コンピュータシミュレーションを活用した今後の経済学研究の深化に期待をしている。インターネットの普及によって、情報の伝播ははやく広範囲になり、それにともないコミュニティの変容もダイナミックになり、企業や人の行動様式にも変化があらわれてくるかもしれない。特に、情報技術の発展による大都市と地方都市の関係性の変容等について自己組織化の概念をもちいて分析することで新たな有益な貢献も期待できよう。実際、日本の日本の都市、企業規模の発展に関しても、Krugmanの示唆したランク・サイズ・ルールは存在する(中小企業庁:http://www.chusho.meti.go.jp/hakusyo/h11/zenbun/html/p1211000.htm)。今後は、なぜ、このような現象があらわれるのか、その研究が待たれるところだ。

文責: 飯盛義徳(2002年7月1日)