岩井克人,『貨幣論』,筑摩書房,1993年.

●要旨
 本書は,マルクス経済学の諸理論に関する批判的な検討を通じて,「貨幣とは何か?」という問いに対する答えを検討し,資本主義の底流にある本質的な不安定性,あるいは,資本主義にとって何が真の危機であるかを明らかにしようとしたものである.
 マルクスは,「労働価値説」および「価値記号論」を主張したが,それらの議論は,同じくマルクスが提唱した,「価値形態論」および「交換過程論」によって自ら否定されているという.つまり,貨幣は,いったん貨幣として流通しはじめてしまえば,その事実を根拠としてその価値を認められるのであり,「貨幣が貨幣としての役割をはたすためには,それにたいする社会的な労働の投入や主観的な欲望のひろがりといった実体的な根拠はなにも必要とはしていない」(p.70)のである.
 貨幣は「価値の保蔵手段としての役割もはたしている」(p.166)から,人々は不確実性に備えてケインズのいう「流動性選好」を満たすべく貨幣を保蔵する.その結果「商品にたいするいま現在の買いはその分だけ減少してしまう」(p.171)ために,「相対的な不均衡」と「見えざる手」の働きを前提とした「セーの法則」は破綻する.そして,何らかのきっかけで全体的な買いの減少が起きれば,全体的な価格の引き下げが際限なく行なわれてしまうという「恐慌」が発生する.マルクスをはじめとする資本主義経済の危機に関する議論では,恐慌こそが危機であるとみなされてきたが,恐慌とは流動性を確保しようとして買い控え,それが価格の低下をひき起こしたものであり,貨幣の永続性を前提にした行動の結果であって,資本主義にとって当然のことであるという.
 これに対し著者は,資本主義における真の危機とは,ハイパー・インフレーションが起きることであると説明する.何らかの理由で人々が過剰な流動性をきらい,保有している貨幣量を減らそうとする場合に「カネあまりの状態」(p.202)に陥り,「全般的な需要過剰によるインフレ的熱狂の可能性がうまれる」(p.202).このとき,それが一時的なものでしかないという予想が支配していれば,インフレーションは安定化する傾向をもつが,人々がもはや未来において貨幣を貨幣として受け取ってもらえないと予想したとき,貨幣の存立を支えていた因果の連鎖は崩壊し,ハイパー・インフレーションが起きる.それは,貨幣の永続性を信じられなくなること,つまり,貨幣を貨幣たらしめてきた循環的な論理構造を否定することであり,まさに資本主義の前提を脅かす危機的な状況であるとする.

●コメント
 「「神話の目的」とは,本来的に解決不可能な「矛盾を克服してしまうための論理的なモデルを提供することである」と,どこかでレヴィ=ストロースは書いている.貨幣商品説も貨幣法制説も,まさにこの意味での「神話」にほかならなかったのである」(p.106)として,著者は「貨幣とは何か?」という問いに対する従来の答えが,単なる神話に過ぎないとする.そして「無限の未来まで貨幣は貨幣であるというひとびとの期待を媒介として,今まで貨幣であった貨幣が日々あらたに貨幣となるのである」(p.201)として,通時的な流れの中に貨幣の存在を位置づけようとした.すなわち,貨幣を成立させているのは,貨幣共同体の永続性に対する信頼にほかならない.エレクトロニック・マネーや地域通貨,その他の取引を媒介するものについて論じるとき,それらがそういった信頼を基礎にして成り立ちうることを忘れてはならない.

林 幹人(2002年7月1日)