今井賢一『情報ネットワーク社会』岩波書店, 1984年

 

●要旨(中心的な章ごとのまとめ)

★情報ネットワーク社会とはどういうものか

●本書の目的

 「ネットワークという切り口から社会を見ようとするものであり、昔からあった情報ネットワークというものが、最近の技術革新によっていかに変容しようとしているか、またその社会システム全般に対するインパクトがどのように産業社会の根本を変えようとしているかを分析しようとするもの」(p.33)である。

●情報ネットワーク社会の定義

情報ネットワーク社会とは、「社会基盤のインフラストラクチャーが情報通信系の社会資本をもとにソフトを含めて分厚く形成され、その上の産業・企業が情報を駆動力としてネットワーク型に形成され、人々の生活がそれらのネットワークを活用するという社会」(p.36)である。

 

★情報ネットワーク社会をどう見るか

●情報の概念(pp.44-46を参照)

・情報A:形式的情報。負のエントロピーで表現され、情報の形式、構文にだけ注目する概念。

→情報Aによって、情報処理と通信とが融合し、それを契機に生産、流通、金融なども融合する。

・情報B:意味的情報。情報の意味を重視し、人の連結の中で如何に生産され、伝達されるかを問う概念。

→情報Aを補助手段として、新たな分業がはじまり、人と人との接触、組織の境界の崩壊が始まる。両者を組み合

わせて、「市場と組織の相互浸透」(p.57)を実現することが重要。

●情報のクラブ財的性格(pp.52-54)

情報の生産と販売のプロセスでは、「何段階かのクラブ形成」(p.54)があり、特に情報Bはクラブ財としての視点が重要である。情報はクラブ財から極限として公共財へと進化する。

●情報のダイナミズム(pp.58-60を参照)

情報ネットワーク社会は、新たな情報をつくりだし、それを伝播させることで社会の駆動力としている。経済の変化は指数的な成長モデル、微分方程式で規定されるモデルとは違い、ノンリニアで、自然科学系のダイナミックな見方が必要である。エントロピーは単にマイナスをつくりだすものではなく、無秩序の混沌を通じて新たな秩序をつくりだす過程(自己組織化)でもある。

●ネットワークの概念(p.70を参照)

 ・ネットワークA:強い連結。中央集権型、定形型ネットワーク。標準化、定形化。

 →情報Aと結びつくことで、機械化を急速に進め、新たな情報通信のインフラストラクチャーを形成し、生産、流通、金融等のあらゆる面で産業基盤を作り変える。

 ・ネットワークB:弱い連結。分権型、創発型ネットワーク。思いがけない連結を生む。

 →ネットワークBは、無関係であった産業、企業を新たに連結し。異質なものを結びつけることによって閉じたシステムを開いたシステムに転化する。また、小さな環境の変化に対応できる敏捷性、適応の仕方に多様性、異質性を確保、予測せざる環境変化への脆弱性が小さい、のメリットにより、今後はこちらを重要視。

 

★産業・企業はどう変わるか

●新しい組織の連結

現在の情報化の下では、「ネットワーク型の新組織」(p.119)が作り出されている。企業内部では強い連結になり、関連企業の間ではゆるやかな連結のネットワークが形成され、それらがさらに産業界、行政、大学をも巻き込んだ大きなネットワークを形成するというかたちで連結していく。

●日本の産業界の特色

人体に例えると、「情報が頭脳で、通信が神経だとすると、モノやサービスの部分は筋肉」(p.119)に当たる。米国と違って、この筋肉がしっかりとしていることが日本の産業システムの強みである。情報化とは、「筋肉をつなぐ神経が通信技術によって活性化し、筋肉と神経を使うと頭がよくなってゆく」(p.119)ことに他ならない。筋肉は使わなければすぐに退化してしまう。日本は、高品質を生み出す生産システムを重要視し、現場の技能や熟練を大切にして情報化を進めなければならない。日本の情報化が「モノと結びついて進行している」(p.120)ことは極めて健全である。

●情報ネットワーク社会における企業の課題

 情報ネットワーク社会の特色は、「予想外のものが資源になる」(p.122)ということである。企業は、資源の多重活用し、連結を通して、みたされていない隙間需要や、新たなニーズを開拓していかなければならない(p.123)。

●経営戦略のポイント

これからの日本企業にとっての経営戦略のポイントは、ネットワーク化が進展することで誘発される、「日常的な財・サービスについて小さな差異をみたしつつ安く供給しうる安定的な経営資源をもつことであり、他方で創発的な、思いもかけぬ非日常的な需要にこたえる瞬発力を持つこと」(p.124)であり、このバランスを如何にうまくとり、短期の利益と長期的な競争優位の構築を両立させるか、ということである(p.124)。

●ネットワーク化とイノベーション

もう1つの企業戦略のポイントは、「新たな価値ある情報を作り出すことであり、広い意味での「イノベーション」を遂行していくこと」(p.127)である。ネットワークによって技術や市場が融合され、異質なものが連結することでイノベーションが誘発され、新たな産業、企業の発展メカニズムになる。

●ネットワーク産業組織への展望

ネットワーク産業組織とは、「自律性を持った独立の企業が、ある場合は株式の相互保有、ないし役員派遣などの強い連結をも含むが、主として業務提携、技術提携、研究開発の協力などの弱い連結を通じて、垂直的にも水平的にも連携し合っている産業組織の形態」(p.145)であり、取引コストからの観点で標準化が重要なキーワードになる。今後は、ネットワーク産業組織の連結の仕方によって方向性は決定される。日本では、「標準化」ということではなく、「インターオペラビリティ」(相互運営可能性)という表現で弱い連結を志向している。大きなネットワークは当然生まれるであろうが、他のネットワークとの競争が実現できれば問題ではない。

 

★情報化と暮らしと文化

●選択の自由

情報ネットワーク社会は、情報の自由な選択における学習過程と、そのグループによる相互作用により情報の淘汰が行われ、進化していく。その選択は自主的であり、強制ではない。しかし、われわれは自由に行動していても組織から見えない圧力、権力の影響下にあり、自由であるようで自由でない。情報ネットワーク社会は、「情報空間や組織に存在する見えない権力を弱めていく可能性が生まれてきている(p.172)。そのためには、われわれの生活行動自体も自律性を重視するが、ネットワークにおける自分の位置を他人との距離を測りつつ決定しなければならない。

 

★二十一世紀に向けて

●新たなインビジブル・ハンズ

情報ネットワーク社会の進展は、突如として不連続な変化を誘発する可能性がある。大量生産型の時代が終焉を迎え、今後は小規模分散型に変化し、大企業だけでなく、中企業、小企業がお互い共存する社会となる。満たされない需要と未利用な資源を結びつけることが企業者の役割であり、知恵、情報という「見えないものに動かされるインビジブル・ハンドの世界」(p.209)へと変容していく。

 

●コメント

 『ネットワーク組織論』の4年前に上梓された本書は、静的な伝統的産業組織論をネットワークという視点から捉えなおすことに挑戦し、経済学、経営学におけるネットワーク的視点の契機となった重要な本である。産業組織の変革のダイナミズムを動的に分析し、情報ネットワークが産業組織、社会生活にどのような影響を与えるのか示唆したところに大きな特徴がある。自己組織化の概念を取り入れ、自律分散型の社会を望ましい未来として取り上げており、日米の対比のもと、日本型の情報ネットワーク社会の特徴、長所を積極的に認め、あるべき姿を描き出している。多くの部分で現在の状況と合致していて洞察力には驚く限りである。しかし、情報ネットワーク社会のインフラストラクチャーとして人、文化という視点にももう少し言及してもよかったのではないだろうか。ネットワークを形成するのは人であり、ネットワークが自己組織的に進化するためには人の機能の視点にももう少し触れられていたらという感がある。

 だた、一般向けの新書では制限があるのも当然である。本書によって、情報ネットワークの進展が社会に与える影響、組織の在るべき姿についての分析が行われたことは経済学、社会学の連結にもつながり、本書が新しい産業組織論の黎明になったことは明白である。

 

飯盛義徳(2002520)