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Chandler, Alfred D, Jr., "The Visible Hand: The Managerial Revolution in American Business," Harvard University Press, 1977. (鳥羽欽一郎・小林袈裟治(訳),『経営者の時代 上・下』,東洋経済新報社,1979年.)
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| ●要旨 |
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「本書の目的は,合衆国における生産と流通がどのように変化し,また,どのような方法で管理されてきたかを検討することにある」(p.4).特に,農業ないし村落経済が工業ないし都市経済へと移行する1840年代から1920年代までの時期にその焦点を絞り,交通,通信,金融を含む生産及び流通の変化してゆく過程を担った企業という事業単位が,いかに管理され,調整されてきたかを検証する.それは,近代企業におけるマネジメントの「目に見える手」が,いかにして,市場の諸力の「見えざる手」にとってかわったかを解明しようとするものである.なお,近代企業とは,多数の事業単位から構成され,階層的に組織された俸給経営者によって管理される企業を指す(p.5). 米国では,1840年代までは,個人もしくは少数のオーナー経営者によって運営される伝統的企業が主流を占めていた.商業においてはその輸送能力が制約となっていたし,生産においても人力や水力等を動力源としており,この技術的な制約によって生産量が増大することはなかった.しかし,炭田開坑により石炭の利用が可能になったために,生産能力は次第に拡大していった. 一方,1840年代から1860年代の間に鉄道が完成されてきたことと,時を同じく1847年から営業利用され始めた電信が,鉄道をその用地として整備されたことによって,1880年代までに,基礎的なインフラストラクチャーが整えられた.これによって「財貨と情報の移動における速度と量と規則性」(p.371)が実現され,次第に生産と流通に関わる制約が取り除かれていった.この過程において,1850年代から1860年代の間に,最初の近代企業が現れた.それは,鉄道と電信の企業であり,管理者が,大量の貨客や情報の,安定的で効率的な流れを,調整し維持なければならなかったことから生じた. 1880年代から1910年代にかけて,生産や流通部門においても近代企業の原型が現れてきたが,それは「単一企業内における大量生産過程と大量流通過程を統合することによって生まれた」(p.499).企業内に取引を内部化することによって,取引を恒常化し,取引に関する情報収集費用を低減させ,財貨の流れを効率的にコントロールすることを可能にし,取引にかかわる調整コストを低減させた.しかしながら,内部化によって,大量の取引を管理せざるを得なくなり,これへの対応として,管理者による階層制組織が創設された.こうして,経済活動の量が増大した結果,管理的調整による方が市場による調整よりも効率が良くなり,近代企業が台頭することとなったのである.ただ,それは,生産された大量の財貨を吸収するだけの拡大した市場が実現した部門や産業に限られていた. こうして普及してきた近代企業は「1920年代までに...成熟の域に達した」(p.822).階層制管理組織の形態をとる近代企業が,管理的調整を成功裏に遂行するようになると,伝統的企業とは異なり,それ自身が企業の長期的な安定と成長のための原動力を生み出し,そこで働く個人の寿命を超越した永続性を有するようになった.階層制組織を指揮する俸給経営者は,次第に技術的かつ専門的になり,その所有から分離したが,彼らは,現在の利潤を極大化するよりも企業の長期的な安定と成長に有利な政策を行なった.こうして,経営者はその支配力を強め,米国は「経営者資本主義の温床」(p.851)となっていったのである.
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| ●コメント |
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チャンドラーは,コースやウィリアムソンに代表される取引コスト理論と同様に,近代企業が現れた理由を,市場取引を内部化することによる優位性に求める.近代企業とは,いわゆる,垂直統合型の企業を意味する.もちろん,現代にあっては,そういった近代企業は必ずしも効率的なものではないことがいわれ,アウトソーシングなどによって内部の機能を外部(市場)から獲得したり,内部化という形をとらず提携や系列という形をとる場合もあり,チャンドラー理論では必ずしも説明できないケースも多い.しかしながら,近代企業の成立を統一的な視座から通時的に説明しえた本書の貢献が極めて大きいことは言うまでもない.
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林 幹人(2002年4月15日)
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