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Saussure, Ferdinand de, "Cors de Linguistique Generale," Charles Bally et Albert Sechehaye, 1916. (小林英夫(訳),『一般言語学講義』,岩波書店,1940年.)
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| ●要旨 |
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本書は,従来の言語学が文法編纂,文献学,比較文法などに留まる状況を批判し,新たな分析視角を設定することによって,言語にかんする一般原理を提示したものである. ソシュールは,まず,言語活動(langage)は「全体として見れば,多様であり混質的である・・それは人間的事象のどの部類にも収めることができない」(p.21)と述べ,これを,個人的で偶然的な言(parole)と,社会的で本質的な言語(langue)とに分解し,言語を言語学の考察対象とした. また,言語は「つきつめてみれば,ひとつの用語集にほかならない」(p.95)とし,そのために「言語単位というものが,二つの辞項の照合からできた二重物である」(p.95)とする.すなわちそれは,聴覚映像と概念を結びつけることを意味する.ここでは,前者を「能記」,後者を「所記」とよび,それらの結合を「記号」とよんだ. ここで,能記と所記の関係は自然的・合理的なものではなく恣意的なものであること(第一原理),また,能記は,複数の要素を一時に発音できないという線的特質をもつこと(第二原理)を指摘した.ここで,もし能記と所記の関係が自然的なものであれば,その記号の価値は,時間の経過とともに変化しない.しかし,それらの関係に合理的な根拠のない記号の価値は,状況に応じて変遷しうるという可易性の性質をもつ.一方で,言語は相続してくるものであり社会的に共有するものであるから,それを自由に変えることはできないという不易性も存在する.言語はこれら二つの性質による緊張関係の中で,ある一定の状態を維持しながら,集団意識によっては知覚されない程度に進化してゆく.これを受けてソシュールは,言語の状態の相を「共時態」,変化の相を「通時態」とよび,言語学を「共時言語学」と「通時言語学」とに分けることを提唱した(pp.95-139). 特に,共時言語学について,その目的を,「すべての特定共時論的体系の根本原理,すべての言語状態の構成要因を定めることにある」(p.143)とする.ソシュールによると,「言語体系は,音の一連の差異が観念の一連の差異と結合したものである」(p.168)から,共時言語学が対象とする言語とは,集団が意識しうる状態において,能記の差異と所記の差異とを価値体系によって結合したものを意味する.その言語状態は,統合関係と連合関係という二つの関係にもとづく.前者は,記号の組み合わせとして顕在するものであり,後者は,何らかの共通項を持つ記号群が記憶の中で潜在的な形で結びつくものである.また,それらの関係について,ソシュールは「全体は部分によって価値があり,部分もまた全体のうちに位置を占めることによって価値がある」(p.179),さらに「かならずより大きな単位がより小さな単位から構成されており,両者が相互連帯の関係にある」(p.179)と述べ,言語が構造的な価値体系であることを説いた.また,従来より行われてきた文法学もこの枠組みで捉えられるとしている(p.187-194).
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| ●コメント |
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本書は,哲学・思想・芸術の分野に多大の影響を及ぼした,構造主義の祖と呼ばれるソシュールの著作である.言語が,なんら実体を伴うものではなく,価値のシステムに他ならないとした見方は,価値について考察する際のひとつの有力な分析視点となりうる.例えば,現代の「消費社会」にあっては,商品自体には価値はなく,商品間の差異としての価値を記号として消費するという,ボードリヤールに代表される記号消費論の基礎となっていることがみてとれる.また,シャピロ・バリアンの情報財のバージョニングにかんする議論も,一つの製品を多数のバージョンとして差をつけることによって,価値を生み出そうとするものである.
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林 幹人(2002年5月27日)
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