Davis, Stan and Christopher Meyer
Blur: the speed of change in the connected economy, Perseus Books, 1998.
(邦訳:入江仁之『ブラーの時代』ピアソン・エデュケーション, 1999.)

本書は、われわれが今本格的に迎えつつある情報経済の特徴を、時間や空間の制約が大幅に緩和される結果、これまでの経済活動上の概念的な区分けや役割分担があいまいとなり、境目が溶融していく現象(ブラー化)に集約して描写した著作である。著者らはこの変化をもたらしているものは、「コネクション」「スピード」「無形物」という3つの力であると訴える。つまり、ネットワーク技術により世界中の人々や企業などあらゆるものが電子的にコネクトしていき(コネクション)、ビジネスや人々の諸活動がリアルタイムに迅速に動き変化し始め(スピード)、そして製品やサービスに占める無形物の価値が急速に増大しつつあり(無形物)、これが従来の物質を中心とした産業経済に大きな変化をもたらしているというのが著者らの中心的な主張である。以下では、本書の構成に従い、(1)欲求のブラー化、(2)充足のブラー化、(3)資源のブラー化、という3つの基本要素について概説する。

まず、「欲求のブラー化(The Blur of Desires)」であるが、これは製品とサービスが融合して「オファー」という形に一体化され、買手と売手の役割も融合して双方向の「交換」がおこなわれるということである。たとえば、エレベーターはその製品(有形物)と保守サービス(無形物)とが一体化されて提供されており、各エレベーターが保守サービス会社のコンピュータにネットワーク接続されることによって、リアルタイムの「オファー」が提供されつづけている。このように、リアルタイムで、オンラインで、双方向性で、ソフトウェアなどの無形物によって、継続して提供される製品とサービスが融合したオファーが経済の中心となってきている。また、このような経済では、売手が製品やサービスを売り、買手が対価として金銭を支払うという固定化された構図はあいまいとなり、両者が「経済」「情報」「感情」という価値を相互に交換し合うという構図が生じてくる。たとえば、企業は顧客が情報を提供してくれるなら対価を与えてもよいと思い始めているし、ブランドの愛好者は感情を企業と交換しているし、場合によっては興奮や尊敬などの感情を企業が顧客に提供するということもある。

第二に、「充足のブラー化(The Blur of Fulfillment)」であるが、これは戦略と組織の境目がどんどん溶融していき、経済全体に相互浸透の関係が生じて「経済網(Economy Web)」「組織網(Organization Web)」に変容していくことを表している。スピードとコネクションが増す中、もはや従来型の孤立を想定した企業戦略や組織形態は環境に適応していけない。よって、企業同士が密接にコネクトした「経済網」という市場に自社のオファーを管理させ、オファーの価格を設定させ、オファーのマーケティングをさせていかなければならない。また、そのためには、自社のオファーと組織と人を流動化していかなければならない。

第三に、「資源のブラー化(The Blur of Resources)」であるが、これは労働者としての存在と消費者としての存在が融合していくとともに、資本自体がリスクにさらされたエクスポージャに変容していくことを意味している。ブラー化した経済では、個人が持つ知識と彼が持つコネクションが重要な組織単位、経営資源となる。知識という名の市場価値を個人が自分自身のために向上させていくためには労働者としての存在と消費者(生活者)としての存在を区分けすることには意味がなくなる。そのように個人があたかもフリーエージェントのように振舞い出すと、企業は彼らを集めて引き留めるために、能力開発や報酬という魅力的なオファーを彼らに提示しなければならなくなる。また、同じ物を大量につくる生産能力や固定資本は急速に減価するというリスクにさらされるようになるので、資本は所有するよりも利用する方が有利になる。

最後に、読後の感想を記しておこう。正直言って、自分自身がこれまで考えてきたことや今感じていることに非常に近い物の見方がされていることに対して、少々驚くとともに強い共感を覚えた。経済活動において、情報に代表される無形物に価値の中心が移動していることや、ネットワークによって空間と時間という二つの大きな制約がとりはらわれつつあることなど、これらの点については全くの同感である。また、売手と買手の役割分担があいまいになり、両者が相互に情報や感情をやり取りしあう関係になるという点にも納得がいく。ただし、本書の第二、第三の基本要素である、「充足」と「資源」のブラー化については、少々一足飛びという感を否めない。方向性は間違っていないと思うが、少々主張が自説擁護に偏っていると思う。などといった不満もあるが、この本自体がスピードとコネクションから生まれた無形の価値の産物であるという点に対して大きな拍手をおくりたい。十分、一読の価値はある。

以上

(文責:森田正隆、1999年12月8日)