IT(情報技術)が取引費用を削減するので、外部からの市場調達を増やしそれに応じて内部生産を削減するというインセンティブが企業にとって働くという論旨を本論文は展開している。ただし、筆者の主張がMalone等と違うのは、ITがもたらす結果は多数対多数の取引、いわゆる完全市場ではなく、少数対少数からなる長期的取引関係であるという点である。
- トータルコスト=生産コスト(a)+取引コスト(b)
- 取引コスト=調整コスト+オペレーションリスク+機会主義リスク
- (a)生産コスト:垂直統合(内部化)だと不利、外部調達は規模の経済が働くので有利
- (b)取引コスト:外部調達は監視と強制のコストが大きい、すなわちリスクが大きい
ITの影響を考えなければ、上記の分析が妥当であり、企業は生産コストの不利を補ってあまりある取引コストの有利さを選好するので、内部生産すなわち垂直統合の道を選ぶ。
ところが、ITは取引コスト、とくに取引にともなうリスクを低減する力を持つ。たとえば、取引先を監視(モニタリング)したり、適切にインセンティブを設定したり、あるいは契約履行を強制(エンフォーシング)したりすることをITは容易にする。なぜなら、ITの活用によって企業は取引相手の業務プロセスにまで立ち入ることができるようになるからである。
同時にIT投資は、汎用性が高いので、関係特殊的な投資になりにくく、スイッチング・コストが小さい。よって、サンクコストとなりにくい。
また、IT投資は規模の経済が働きやすい。これは、IT投資の大部分がソフトウェア開発に対する支出となっており、固定的な投資となるからである。たとえば、銀行業務のソフトウェア開発に要する費用はたとえ支店の数が多かろうが少なかろうが大した差は出ないのである。
このように、ある面でITは垂直統合を解き、市場からの調達へと企業を動かすが、かといって多数参加者からなる一時的取引の繰り返しがおこなわれる完全市場へと至るわけではない。なぜなら、(1)取引においても規模の経済がはたらくこと、(2)明示的な契約にはなじまないものに対して投資するインセンティブを供給者に対して与えるためには供給者は少数とせざるを得ないこと、(3)製品やサービスの複雑性が増すと調達先を探索するコストも増大すること、以上の理由によって、少数の供給者と長期的な取引関係を築くインセンティブが企業に発生するからである。
著者の論旨をまとめると以上のようになる。賛成できる点も多々あるが、論旨において矛盾を感じる点も多い。たとえば、IT投資は汎用性が高いといいつつ、一方でIT投資は取引特殊性があり回収が長期化するといってみたり、あるいはITによって情報探索のコストが低下するといいつつ、一方で製品が複雑化するので探索費用も増加するといってみたりである。論旨に歯切れの悪さを感じるのは、明快な仮説を置きながらも、それと相反するような企業行動に対してもその仮説をなんとかして当てはめようという無理があるからではないだろうか。情報技術は企業の境界を拡張することを支援し、一方では縮小する方向を支援する。技術が相反する方向に同時に作用する可能性があるのは否めない事実である。このことを考え合わせると、ITは戦略的な企業間関係の構築もサポートするし、一方で(条件が整えば)多数対多数の取引関係もサポートするというふうに両面で考えていくのが妥当ではないだろうか。たしかに、Maloneらの分析も楽観的にすぎるが、Clemonsの見解もまた道具としてのIT技術にあまりにも多面的な役割を求めすぎているように思えてならない。
以上
(文責:森田 正隆, 1998年6月17日)