浅羽茂「第3章 業界標準に対する挑戦」『競争と協力の戦略』有斐閣, 1995年
浅羽の分析の下地には、ネットワーク外部性が強く働く商品においては、いったん市場シェアを獲得した勝者にはますますシェアが集中し、収穫逓増現象がみられるという認識が見られる。理論的な部分では納得できる点が多いものの、具体的な事例との関連については疑問に感じる点が多い。
第一に、そもそもビールはネットワーク外部性が働く商品であるのかどうかという点である。外部性とは他の経済主体の行動が別の経済主体に直接影響を与えることを意味する用語である。パソコンの基本ソフトやキーボード配列、さらにはビデオのフォーマットなど、互換性が重要であったり、習熟がサンクコストになる商品の場合には、ネットワーク外部性が働くことは容易に理解できる。だが、ビールには互換性の問題はないし、習慣性といっても、消費者にはビールの味の区別がほとんどつかない。この事例に関する限り、「ビール業界には規模の経済性が強く働いている」という表現でとどめておくほうが適切ではないだろうか。最適な生産規模が大きい、輸送コストが大きく工場の分散立地が重要、ブランドを維持するための広告費が大きい、需要の季節変動が大きいなどという産業特性をいくつかあげるだけでも規模の経済が働くことは証明できよう。
第二の疑問点としては、アサヒビールの躍進は環境変化によるものではないかという点である。1980年代後半以降、「酒屋配達による間接購買からコンビニでの直接購買へ」「瓶から缶へ」「定価からディスカウントへ」などの変化があらわれた。これらの変化の背景には、消費形態が家族から個人へ、あるいは自宅から屋外へシフトしたり、規制緩和に伴ってチャネルの開放と価格競争の解禁が実現したことなどがある。キリンの強みは宅配市場にあり、既存ルートとして強力な特約店卸を抱えていたため、新興チャネルであるコンビニやディスカウント・ルートへの対応が遅れた。また、キリンの場合、ラガーのブランドにロイヤルティを持つ層が徐々に高齢化し、量を消費する若いユーザ層に空白地帯が生じていたとも考えられる。その点、失うものの少ないアサヒは大胆に環境変化に対応できたのではないだろうか。このように、過去の成功に復讐されたリーダー企業の失敗というふうにこの事例を読み解けば、業界標準をめぐる競争という文脈は弱くなってしまうのではないだろうか。
最後に、強力な業界標準に対する下位企業の戦略として、挑戦者はリーダー企業の本格的な反撃がおきないよう適度な代替性を持つポジショニングの新商品で勝負することを浅羽は勧めているが、これは一財の静的なモデルでのみあてはまるのではないだろうか。実際の市場では相互に代替性を持つ財が無数に存在しており、複数の財から適度なポジションを取るということは不可能に近いだろう。浅羽の提言は、「すきま市場(ニッチ)を狙え」という古典的なマーケティング戦略との違いが今一つ明確でないといえよう。
以上
(文責:森田 正隆, 1998/2/17)