吉川博之、内藤耕編著、『第二種基礎研究』、日経BP社、2003.

2004531

小川美香子

 

<要旨>

 本書は、産業技術総合研究所主催のワークショップをもとに、「第2種基礎研究」の定義と意義を示すことを目的にまとめられたものである。第1部では、新たな研究方法論として、第2種基礎研究の理論的根拠(第1章)と定義(第2章)が示され、第2部では、研究マネジメントの手法と具体的な研究事例が紹介される。下記は、第1部の要旨である。

 

[1] 日本社会は、「サステイナブル・ディベロップメント」という概念に基づく科学研究を求めている。1999年世界科学会議における宣言文“Science for knowledge, for peace, for development, for society”からも、今日では、科学に関する新しい社会契約が成立したと言える。科学論文を成果とする1種基礎研究(自然科学研究)、製品化を目的とする製品化研究に加えて、未成熟の「2種基礎研究」(社会科学研究)を体系化することが、社会契約の履行に必要だ。産総研では、3研究を1ユニットとし、本格研究(Full Researchを推進する体制を整えていく。

 科学には、(1)現実から法則を抽出する分析的科学と、(2)複数の法則を現実に適用しモノをつくる合成的科学とがある。両者は、土着知識(Indigenous Knowledge)から事実知識(Factual Knowledge)を導く自然科学と、使用知識(Utilization Knowledge)を導く社会科学との関係に呼応する。両者の関係は非可逆的な場合もあり、非対称性が存在する。その理由は、(1)の過程で創られる学問領域(Discipline)ごとの言葉の相違が、(2)における連携を妨げる要因となっていることなどが挙げられる。また、第2種基礎研究では、不確実で信頼性に欠けるアブダクション(遡源推論)を使わざるを得ない。第2種基礎研究の体系化においては、科学論文とは異なる評価体系の創出も肝要となる。

 

[第2章]  本章の目的は、研究開発の効率性向上のために、第2種基礎研究を軸に、第1種基礎研究から開発に至る連続的な研究(Coherent Research)、すなわち本格研究を推進することを提案すること、にある。まず、総務省や米国科学財団などによる研究開発の定義が紹介され、共通の前提である「基礎研究の成果をシードとして応用、開発、実用化に至る線形モデル」が、手法や目的が変化する現実の研究開発過程にはそぐわない点が指摘される。その上で、研究開発の過程が、夢の時代(社会が注目し研究予算も充当される初期段階)、悪夢の時代(知識システムを連結し構築する、社会の支援が途絶える段階)、現実の時代(成果が具体化され、社会の期待が回復する段階)と定義される。そして、悪魔の時代を抜けるために、原理を融合する第2種基礎研究が不可欠であるとの主張が展開される。

 また、最後に、本格研究の推進に向け、研究者を組織する研究経営という概念を提唱する。研究経営は、未来社会像へのシナリオに基づいて個々の研究テーマを位置づける研究マネジメント(Scenario Driven Management)と、研究者の知的好奇心に基づく研究開発活動(Curiosity Driven Research)をつなぐものである。

 なお、本章で定義される第1種および第2種基礎研究は下表の通り。

1種基礎研究

未知現象を観察、実験、理論計算により普遍的理論(法則、原理、定理など)を発見、解明、形成するための研究

2種基礎研究

特定の経済的社会的ニーズのために、既に確立された複数の理論を組み合わせ、観察、実験、理論計算を繰り返し、その手法と結果に規則性や普遍性のある知見および目的を実現する具体的道筋を導き出す研究

 

<コメント>

 工学的経歴を持たない私には、筆者らの用いる「第2種基礎研究」は馴染みにくい用語だった。しかし、まさに、社会システムのデザインと具現化(エンジニアリング)という総合政策学の確立を目指す、慶應SFCの一研究者としては、大いに共感するところがある。 産業界で製品・サービスとして存在する「情報」に起因する事象を抽出し、複数の学問体系を活用して、一般化、普遍化を試みる國領研究室のアプローチに一致する考え方でもある。

 ただ、多様な理論を統合していかなければならない重要性は十分理解できるが、一方で、1研究者としては認知限界もあり、自身の立脚点を明確に意識していないとアイデンティティが確立できない、あるいは、崩壊する、という不安を抱えている点はいかんともしがたい。デザインかエンジニアリングか、学術か実業か、その都度、自分自身がどちらの立脚点にいるのかを明確に意識し、それと同時に、自分とは異なるアプローチがあることを意識できるバランス感覚を身に付けていかなければならないのだろう。

 第1部で繰り返し、人材の協働を基盤とする本格研究を提案し、新たな評価体系の必要性も謳っていながら、第2部の具体的事例が全て単著の論文である点が残念だった。本格研究への取り組みに言及した論文もあるが、せめて1つは、従来の業績評価に反しても、多様な人材の関わりが判る先駆的な表記を模索して欲しかった。自分自身も含め、研究者が、自己完結型の行動様式を取る傾向、従来どおり単著を志向する傾向を打開し、筆者らの描く未来の「本格研究」の実現に向け、何らかの行動を取っていくことが重要だろう。

以上