吉川弘之・冨山哲男、『設計学−ものづくりの理論』、放送大学教材、2000年.

 

[要旨]

 設計は、様々な工業製品の生産活動において製品のあるべき姿を定義する人間の創造行為である。また、設計は工業製品の生産活動のみならず、人間に備わる普遍的な能力であり、日々の行動においても重要な役割を果たしている。人間は、この創造能力によって人工物を作り出す。人工物には、物理的な存在物のみならず、ソフトウェアのような抽象的な存在や社会システムのような制度的なものも含まれる。設計学とは、この設計を理解するための学問であり、設計に関する知見を一般化、体系化したものである。人工物は進化してゆくものであり、その進化は、技術進歩による進化、社会的変化による進化、設計技術そのものの進化という3つの軸で捉えることができる。

 人工物の設計には様々なものがあるが、こと工業製品に関する設計は「機能や性能で表現された要求を実現する人工物の動作原理、構造や形状、あるいは挙動を段階的に詳細化しながら決定していく過程」(p.59)とされている。そして、工業製品のみならず、人工物の設計は、概念設計、基本設計、詳細設計から構成されており、工業製品の実際の製造にあたっては、これらの過程に続いて生産設計が行われる。設計過程に含まれる二つの意味は、@設計者と生産者と人工物の使用者をつなぐ役割を担うこと、A人工物を実際に製造しようとする時に必要な情報(これらの情報は人工物の製造時のみならず、人工物のライフサイクルを規定する)を生成することである。

 3種類の推論(帰納、演繹、アブダクション)のうち、設計においては、アブダクションが重要な役割を果たしている。しかし、アブダクションによって得られる結論は、常に正しいとも限らず、また唯一の解が存在するわけでもない。解の一意性を保障するわけでもなく、正しい解であることも保障できないという意味で、アブダクションは演繹に比べて弱い推論であるとされている。にもかかわらず、アブダクションが実際の設計過程において大きな役割を果たすのは、設計が、基本的には対極に位置するとされているアナリシス(実体からその機能、属性、性能)とシンセシス(要求された機能、属性、性能を満足する実体)を相互補完的に用いながら進める思考過程であるためである。

 

 

[コメント]

「知ること」と「作ること」は異なるし、科学的推論と人工物を設計することは異なる。しかし、良いものを「作る」ためにより良く「知る」ことは不可欠であるし、人工物の設計は対置されているanalysissynthesisを相互補完的に用いながら進める思考過程であり、一見異なる概念は人工物の設計において深く縁を持っている。この対極に位置する概念の橋渡しをするものは何であろうか。

また、工業製品といった人工物の設計は、成果物が物理的な工業製品として確認することができ、その成果物は安全性や操作性といった何らかの指標で評価することが可能である。その一方で、設計対象が社会制度のような物理的実体のない人工物であった場合、その成果はどのように測定され得るのか。社会制度設計はある種壮大な思考実験であり、出来上がった社会制度設計を実際の社会に埋め込めば何がしかの評価は得られるであろうが、実際に行うには実社会に与えるインパクトが大きすぎる。このような人工物設計の成果を事前に判断するにはどのような方法が有効なのであろうか。そして、そもそも物理的実体を持たない人工物の設計は学問領域において如何なる意味をもたらすものなのか。

              2004531日 藤井 資子)