沼上幹、「われらが内なる実証主義バイアス」、組織科学、Vol.33、No.4、2000年、32-44ページ.
[要旨]
「本稿の基本的メッセージは、現代日本における経営学的研究には<極端な実証主義(経営主義)的バイアスが存在しており、今後、大胆な理論的アイデアに基づいたメカニズム解明努力を活発化する必要がある、ということである。誤解を恐れずに簡略化していえば、現時点における経営学者コミュニティでは、理論的アイデアに乏しい経験的研究には『事実発見的な価値がある』とプラスの評価を与える傾向がやや強く、逆に経験的作業に乏しい理論的研究には極度に厳しい評価が下される傾向が強すぎる、ということである。」(p.32)
現時点で<科学的思考法>だと考えられているものには、2つの主要な思想が混在している。一つは経験主義であり、もう一つは合理主義である。経験主義は人間の知識における経験の役割を重視し、合理主義は人間に備わった理性を重視する立場をとる。そして、経験的な事実を事象どうしの必然的な法則的関連として捉えようとしている現代の科学においては、この2つを混在させた思想的立場がとられている。社会科学の領域においても事象の背後に存在するメカニズムの解明を重視する思考法と、経験的規則性の確認をする思考法とを相互補完的に用いることにより、社会に関する知識の地平を切り開いていくことができる。しかし、近年この領域において経験主義的規則性確認への偏重がみられるようになってきた。そのため、経験的規則性の確定こそが知識の最も重要な条件であるという状態が成立してしまい、結果的に<極端な実証主義>的バイアスが発生している。<極端な実証主義>偏重を改善し、合理主義の持つ知的に大胆な仮説の構築、メカニズム解明に対する志向性、直接観察可能でない事象もそれを仮定することによって多用な事象を説明できる理論的アイデアの重視、という立場に適切な地位を確保することが必要であることが本稿において説かれている。
また、本稿では、<極端な実証主義バイアス>の位置づけを明確にするため、現在行われている研究を二次元の図で示される4象限に分類して考察している。すなわち、横軸に理論的独自性志向の高低(創造志向、吸収志向)を、縦軸に実証的独自志向の高低(オリジナル・データを活用した研究、他者文献を活用した研究)をとり、近年の経営学的研究をそれらの組み合わせからなる4象限に分類している。ここに右斜め45度の直線であらわされるのが研究の最適発展経路であり、実証主義バイアスがかかった評価軸はこれよりも左に、合理主義バイアスがかかった評価軸はこれよりも右に現れる。
<極端な実証主義>バイアスが発生している要因としては、1970年代末から展開されてきた文献研究否定、ほぼ同時期から活発化してきた経済学的な企業研究、方法論的議論に関する理解の混乱、近年の大学院の大学化による院生の急増が指摘されている。
[コメント]
どのような方法論を用いたとしてもバイアスの発生する可能性があり、それぞれの方法論ごとに強みと弱みがある。それらを十分に認識したうえで、自分が解明しようとしている問題に対してもっとも適当であろうと思われる方法論を選択し、研究結果に対する妥当性を確保することが必要なことを理解しつつも、実際に実行するとなると苦労が伴う。また、理論と経験実証との間でバランスをとりながら研究を進めるには、実際には多くの課題がある。また、そもそも経営学とは何を解明するための学問なのであろうか。
(2004年5月31日 藤井 資子)