Lessig, Lawrence, "Free Culture: How Big Media Uses Technology and the Law to Lock Down Culture and Control Creativity," Penguin, 2004.(邦訳:山形浩生・守岡桜、 『FREE CULTURE』、翔泳社、2004年.)
[要約]
これまで商業的な活動と非商業的な活動とのあいだに線をひいて、後者については極力規制をかけてこなかったアメリカ合衆国政府が、デジタル社会に移行するにあたり、後者においても「知的財産権」の名のもとに規制を強める傾向、筆者の表現によれば封建制に向かう傾向にあることに対して、創作誘因を生む豊かな土壌が衰弱するとして法律家の観点から警鐘を鳴らすのが本書の基本的なメッセージである。
題名にあるフリーとはここでは「自由」を意味する。筆者は、パブリック・ドメインがこれまで合衆国の文化の発達に寄与した点について、アニメーション、映画、CATV等々を例に説明し、音楽コンテンツの共有に関するナップスターをはじめとする一連の法規制の動きに対して、ファイル共有を以下のように4分類(P.89、p.343-344)し、何をすべきかについてアイデアを提示している。ファイル共有をなくす形でインターネットを規制するのではなく、20世紀のビジネス方式から21世紀の技術への移行期にもアーティストがきちんと支払いを保証されるような方法を発想することに力点が置かれている。
A−共有ネットワークを、CD購入のかわりに使っている人がいる。
B−共有ネットワークを、CD購入前の試聴に使う人がいる。
C−ファイル共有ネットワークを、著作権は切れていなくても廃盤になった音源や、ネットで買うのが面倒すぎる音源を買うのに使う人もたくさんいる。
D−ファイル共有ネットワークを使って、著作権なしのコンテンツや、著作権保持者がはっきり認めているものへのアクセスを行うのに使う人も多い。
そこでは、移行期にあるインターネットに対して、技術を規制するのではなく、「この技術変化に影響を受けた受益者への被害を最小化しつつ、同時に創り出せる限りもっとも高効率な技術を可能にし、奨励するように規制をすべるべき」(p.350)と主張される。具体的には、1)D分類のファイル共有を行う権利を保証する、2)非商業的なC分類の共有を損害賠償なしに許し、商業的なC分類を、成文で定めた低い固定料金で可能にする、3)過渡期には、実際の損害が実証された範囲で、A分類の共有を補うだけの課金と補償を行う、と提案されている。さらに、アップルのミュージックストアに代表される「無料のものと張り合う」競争がA分類の共有を減らすことに寄与できるとしている。
[コメント]
本書の意義は、技術を使って生まれる文化に対する法の存在理由について答えを出している点にある。規制の目的は、技術の使い道を制限することでもなく、頭の中から生まれた発想にどこまで著作権が絡んでいるのかに戦々恐々とさせ創造的な活動を萎縮させる環境をつくることでもなく、また誰かの利便の一方的な犠牲を強いることでもない。社会に役立つ規制とは何か?そしてそれはいつ(まで)必要か?過渡期は何に向かう過渡期なのか?技術革新によって既存のビジネスモデルが損失を被ることはあっても、タダよりいいものを提供するビジネスモデルの発想によってただ乗りが薄まる例もある。オープンな世界で生まれてくるもののおかげで誰がどれだけ損をするのか、その損失はどういった構造で生じているのか、また同時に、オープンな世界で対処療法的な封じ込め作戦をすることで何が損なわれるか、どういった機会を失っているか、これら両眼から技術と社会のかかわりを考えていくことが求められている。(2004年9月27日 坂井 健太郎)