Lessig, Lawrence, “FREE CULTURE: How big media uses technology and the law to lock down culture and control creativity,” Penguin, 2004.(邦訳:山形浩生・守岡桜、『FREE CULTURE』、翔泳社、2004年.)
[要旨]
本書は「フリー文化」という発想を基軸に、インターネットがもたらした創造の可能性と、現行の知的財産権をめぐる法制度との関わりを論じている。本書の主たる主張は、現在の知的財産権をめぐる法制度が創造性を削いでいるということである。インターネットの出現により、新たな創造の機会と可能性がもたらされたが、この可能性は既得権を守ることに腐心する既存の大メディアによる政府への働きかけにより阻害されているとしている。これが、「海賊行為」と「財産」という二つの概念を通じて解説されている。
ウォルト・ディズニーの映画作品は、グリム童話などパブリック・ドメインにある創造物を、現代に馴染むようにアレンジすることで作られていると著者は言う。「ディズニー(またはディズニー社)は身の回りの文化から創造性をむしりとってきて、それを自分の傑出した才能と混ぜ合わせて、その混ぜた結果を自分の文化の核心に焼き付けた。(略)これは創造性の一種だ。そしてわれわれが記憶して賞賛すべき創造性だ。」(p.38)刊行技術が高価だった頃は、著作物を再刊行するためには大変なコスト(著作権法対策を含む)がかかったため、刊行のほとんどはそのコストを回収できる商業組織によって商業目的のために行われていた。しかし、インターネットの登場により、著作物を再刊行するだけでなく、それを元に変化させたり発展させたりすることが可能となった。著作権は従来刊行のことしか扱わなかったが、現在はそれに加えて既存著作物の変化・発展によって創生される新たな著作物も規制するようになった。著作権法が規制するのが「複製」だけならば問題がないが、実際には現在の法の規制範囲が広範で曖昧なものになってきており、創造性の保護ではなく、特定産業を競争から保護することになっているのが問題だとしている。
「財産」について著者は、「著作権の与えるすさまじく拡大した『財産』権を厳しく適用することが過去の成果を使ってそれをもとに新しく文化を築く自由を根本的に変化させてしまうのであれば、この財産を見直すべきじゃないかと考えてみる必要がある。」(p.204)と述べ、文化の発展を、著作権を有するごく一部の者だけが過剰にコントロールする法的権利を持つことの弊害を指摘している。
そして、本書は、知的財産権をめぐる法規制を緩め、創造性を発揮する可能性を潰さないために実行すべき現実的な運動をいくつか示唆することで締めくくられている。
[コメント]
本書は、テクノロジーの進歩がもたらした創造性の拡大のチャンスに対し、知的財産の過剰な保護が弊害(自由な創造性の阻害)をもたらすと指摘し、弊害を具体的に解説しながら回避策を提示している。
著作権という概念の解釈と運用が現実世界の変革とミスマッチを起こしているということはよく理解ができた。しかし、連綿とつみあげられてきた法規制体系を設計しなおすには、著作権を緩めるという視点に加えて、著作権の概念自体を大きく変革する必要すらあるのかもしれない。
いつの時代でも、技術の進歩が人の生活や規範の実態を先に変革してしまう。後をついていくしかない法規制を含む各種制度設計はどこまで技術変化に対する柔軟性を具備すれば足りるのだろうか。
(2004年9月27日 藤井 資子)