Benbasat, I., Goldstein, D.K. and Mead, M., "The Case Research Strategy in Studies of Information Systems," MIS Quarterly (11:3), 1987, pp. 369-386.
[要旨]
本稿は、情報システムの分野における定性的なケース・リサーチ戦略を定義し議論するものであり、より実用的な研究とするための視点を創出することを目的としている。
ケース・スタディ・リサーチがIS研究に利用可能である理由は次の3点である。第一に、研究者が現実に発生している事象や最新技術を学び、事象から理論を一般化することができること。第二に、「どのように」「なぜ」といった問いに対する答えを見つけるためにケース・スタディ・リサーチが役立つこと。第三に、技術革新のスピードが著しい場合や先行研究が少ない場合にケース・スタディ・リサーチを行うことにより何らかの有益な視点が見出されること。
ケース・スタディの標準的な定義は存在しないが、本稿でいうところの定義は次のようなものである。「ケース・スタディは、複数手法を使って情報を集め、現実事象を観察するものである。」これは、リサーチの初期段階で事象の境界が明確でない時や、現在発生している事象、理論体系がまだ確立されていない事象で、かつ事象に対する研究者の制御が及ばない際に有効である。また、本稿においてケース・スタディは本質的に探索的であると特徴づけられている。なぜならば、それらはIS導入過程において介入が起こった文脈や、介入そのものを記述しているからである。本稿に取りあげられているISケース・スタディ・リサーチは知識構築過程において明確な記述をもたらすものでもないし、研究目的を正当化するものでも、読者にバイアスのかかった判断を許す余地のあるものでもない。
まず、調査開始に先立ち、研究者は調査対象とプロジェクトに適した分析単位を決める必要がある。分析単位を決める過程を通じて、研究者はリサーチ・クエスチョンの妥当性を検証し、文脈における現象の理解を深めることが可能となる。調査対象の選定は、当初は偶発的に、次に結果を観察するために、そして考えられ得る因果関係要因に基づいて行われる。また、特殊なケースにおいては、研究者のゴールが事実の追試なのか理論の追試なのか、探索的な理由でケースを選んだのか記述的な理由で選んだのか予測することが難しいことがある。
次に、ケース・スタディの種類についてであるが、ケース・スタディには単一ケース・スタディと複数ケース・スタディの2種類がある。単一ケース・スタディは、複数ケース・スタディへの前段としての探索的研究や既に確立された理論の境界を調べる際に有用である。複数ケース・スタディは記述的研究、理論構築、理論実証を行う場合に有用である。
最後にケース・スタディのテーマについて。ケース・スタディの主なテーマはimplementationである。情報システムや意思決定支援ツールの導入に成否については、長期間にわたる導入プロセスの観察が必要である。システムの導入過程では、多くの人が関与する複雑なプロセスが存在し、それらは予期せぬ出来事に影響を受ける。ケース・スタディはそのような現実事象の中から主要なイベントや人員を識別し、因果関係の連鎖に結びつけるために有用である。
[コメント]
定性的ケース・スタディを用いて現実の事象から理論を一般化することを試みるにあたって多くの示唆を与える論文である。実証主義的な研究から導かれる結果は「現在」の実務家にとって有用なものであるのだろうか。実証研究により、AならばBであるという理論命題が証明され理論として広く共有されたとして、それがもたらす意義とは何なのであろうか。そして、それは「将来」の実務家に対していかなる意味をもたらすものであるのだろうか。
(2004年5月10日 藤井 資子)