アリソン、グレアム・T.、(宮里政玄訳)、『決定の本質 : キューバ・ミサイル危機の分析』、

中央公論社、1977.

2004.11.8 折田明子

 

要旨

 本書は、キューバ・ミサイル危機を3つのモデルによって分析している。分析者は、合理的行為者のモデル(第一モデル)、組織過程モデル(第二モデル)、官僚政治モデル(第三デル)でこの出来事を説明する。これらの視点は互いに相互補完している。

 第一モデルは、政府の行動がどのような目的を追求していたかという、分析者にとっての説明を再構築する。分析の基本単位は国や政府であり、世界情勢は国家の決定という厳密な行為の結果として位置づけられる。行為の目標の一貫性を重視するために、状況は規定される。このモデルによる分析では、キューバ・ミサイル危機で発生したことは再構成に合致しない。

 第二モデルは、政府が組織の集合体からなっていて、組織はそれぞれ独自の動きを営んでいるとする。政府の行動は、組織の出力であり、各組織は半自立的に行動する。第一モデルとの違いとして、合理性を限界的としている点がある。問題をすべて取り扱うのではなく、要素化することで主たる特徴を摘出する。指導者は、組織の集合体の上で、制約の下で決定(選択)をする。このモデルによる分析では、ソ連のミサイル建設→アメリカのキューバ封鎖→ソ連のキューバからの撤去における組織の動きに焦点が当てられており、特にソ連の急激な行動の変更は、組織の絶え間ない摩擦によるものと分析している。

 第三モデルは、第三モデルは、政府の個々の指導者と、主要な政府の選択を決定する指導者間の政治のより細かい分析に焦点を当てている。言い換えればかけひきゲームの結果であり、行為は複数のプレイヤーによってなされるとする。問題の様相に対する各プレイヤーの見方は異なる。ゲームのルールは法律や文化であり、行為の範囲を規定する。このゲームでは、公文書よりむしろ私的なコミュニケーションが重要な役割を果たす。キューバ・ミサイル危機においては、それぞれの指導者(ケネディとフルシチョフ)は、ともに「取り返しのつかない結果に対する責任の自覚」を持ち、協力しあう形で終結した。別々の問題に対する、異なる人々の、まったく独特の認知が、結果的に一つの解決策にたどり着いたという見方ができる。

 

コメント

同じ事象を繰り返し異なるモデルで分析していること自体が、無理に全体を一般化するのではなく、部分的に理解を進めていることを実証している。特に、ケネディとフルシチョフが互いに「やったらやり返すということは理解してるね?」と匂わせつつ解決の糸口を探す過程は、第三のモデルで言うところの協力しあうゲームであり、第一モデルでは一貫性なく説明がつかないだろう。決定の主体は何か。国という大きな単位の一貫した目標か、組織の集合による出力とその選択か、それともきわめて私的な個人間のかけひきか。実際の事象を分析するにあたり、一般化を急ぎがちな自分にとって示唆のある本であった。